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第10章 覇王を追撃する闇

328.決着を望む者に対し、随分な挨拶だ

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 アスタルテは枷だと言った。それはオレの暴走を食い止める役を、リリアーナに任せたのだ。まだ幼さすら感じる少女に、長寿のアスタルテが何をみて何を託すのか。

「来い」

 今までとは魔力量も制御力も違う。強者の経験と知恵を与える儀式は、リリアーナの糧となった。能力を覆っていた皮を剥ぐように、圧倒的な潜在能力を解放していく。

 魔族の師弟や親子の中でよく行われる儀式だが、他者の血をもって能力を解放する者は少なかった。この儀式を覚醒と呼ぶのは、成長の段階を一気に飛び越すためだろう。

 尻尾を振りながら抱き着いたリリアーナの口元が赤く濡れている。己の傷を一瞬で消したアスタルテが、臣下としての最高礼で頭をさげた。

「いってらっしゃいませ、我が君。御武運を」

 それから顔を上げて、リリアーナに微笑みかけた。

「行ってきなさい、愛し子。我が君を頼みます」

 似たような言葉だが、全く意味合いが違う。それを受け取ったリリアーナはしっかりと頷いた。彼女を連れて転移する。アスタルテが繋いだ細い糸の先、闇に身をひそめる黒い神がいる地下へ――。

 終点に指定した魔力が蠢く。こちらの動きを察知したのか、魔力を変化させようとする神の足掻きを感じた。出現先の地下に結界を構築し、その中央へ飛び込む。直後にぱちんと音がして、転移の糸が切られた。

 目印とした魔力が変質したことで、転移魔法陣の効力が解除された。強制的に切り離された空間で迷子になれば、二度と同じ世界に戻れない。それを知る神の足掻きは、わずかに遅かった。

「随分な挨拶だ」

 リリアーナは結界の範囲を確かめて、数歩下がった。邪魔をしないと示す少女に頷き、少年の姿をとった神に対峙する。ウラノスに見せたらかつての主君の姿を真似た敵に暴走し、冷静さが失われるだろう。アルシエルは子供の姿をした敵に甘い。ククルやバアルは遠慮なく攻撃するが、アナトの血を得たこの神に怒りを爆発させるはずだ。

 感情を揺らさず対峙できるとしたら、アスタルテくらいか。クリスティーヌは血の匂いに敏感過ぎて、アナトの血を嗅ぎ取れば混乱する。オリヴィエラは多少動けるかも知れぬが、あれは臆病すぎた。

 この場でリリアーナが混乱しないのは、オレしか見ていないからだ。鬼人王であった魔王を直接知らないのも大きい。じっとオレの背中を見守るリリアーナは、両手を竜化させていた。油断はしない、いざとなれば自分の身は守れる。そう示す少女の存在は、不思議と心地よかった。

「さっさと来い」

 ぐぉおおおおお! ぐぎゃぁああ! 獣の声を放ち、神が結界にぶつかる。ヒビが入る結界を自ら放棄して割った。突っ込んできた神の爪を、呼び出した黒い鞘で受ける。びしっと空間に亀裂が入るが、そのまま子供の腹を蹴飛ばした。

 魔力を沿わせて鞘を消し、刃を真っ直ぐに構え直す。転がった神の両手が大きく膨らみ、獣の姿をとる。獅子の身を炎が包み、鬣の代わりに大量の蛇が蠢く。頭は鋭い牙を持つ狼に似ており、後ろ足が太く竜の鱗を纏った。

「……きもちわるい」

 対峙する緊張感を砕くリリアーナの素直な感想に、オレは声を立てて笑った。
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