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第10章 覇王を追撃する闇
320.互いの先を読み動けずして、何が主従か
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僕が作り上げた世界は、後少しで完成だった。作り上げたら盛大に崩して遊ぼうと思ったのに、直前に入り込んだ異物が変革していく。成熟して膿んだ、腐る直前の果実を異物が叩き落とした。落ちた実は種を植えて、新たな芽を出す。
僕は腐った果実を味わう気だったのに……全部叩き落とすなんて、無礼にも程があるだろう? 死んでしまえばいい。この世界で僕は最高の力を持つ存在だ。僕が望んだら消えるはずの世界で、奴の手足になった果実も手に入らない。
こんな世界は望んでない。僕の作った芳醇なワインを飲み干す余所者を排除しなくては――。
「ぐぁああああああ! 死ねっ! 死んで詫びろ!」
闇に似た形の曖昧な存在が叫ぶ。圧倒的な存在感と魔力を持つくせに、揺らいで不安定だった。それは形を固定しないからだ。魔力は煙や水のようなものだった。器がしっかりと形をもてば、その中に満ちていく。完全に器が満たされれば溢れもする。それを制御してこそ高位魔族なのだ。
外殻を整えないから、魔力は不安定に溢れ続ける。失う分を補い、吸い上げ続ける魔物はぎろりと赤い瞳で睨んだ。片目、爪、牙のようなものが見える。かろうじて認識できる固形物はこれだけだった。
「魔力制御に優れているようだ」
「はい、形もなく自我を保っています」
冷静に状況を見極めるアスタルテが、頬を流れる血を拭った。額より少し上に傷がある。治癒に回す魔力を惜しむアスタルテの腕を掴み、無理やり魔力を流し込んだ。
「陛下っ!」
「堅苦しい呼び方も、遠慮も不要だ」
「っ! サタン様の仰せのままに」
本名ではないが、この世界で最初に名乗った響きだ。シャイターンの肩書を呼び替えた名は、いつの間にか固定された。この世界で器を成すひとつの欠片となっている。
「力を使い過ぎだ。焦るな」
見ればわかる。アスタルテがもっとも苦手とする敵、神族だった。双子神の血を取り入れて平気な時点で、疑う余地はない。この世界を創造した神か、それとも堕天の流刑にあった神か。どちらにしても、もう不要だった。
右手の剣を目線の高さに構える。じっと待つ時間は長く感じられた。己の熱い鼓動の音と、隣で重なる魂を分けし冷たい鼓動。重なっていく呼吸と鼓動が音をひとつにする。作戦の打ち合わせなど要らぬ。互いに互いの先を読んで動けずして、何が主従か。
「今のうちに倒す」
「はっ。ご存分に」
アスタルテの魔力が拡散した。赤い血の霧に己自身を溶かしたのだ。世界の中で個を保つ境目を消すことで、吸血種は空間を支配する。結界内に満ちた黒き神の気配が、徐々に押しやられていく。追い詰められた黒い神が牙を剥いた。咄嗟に左腕を盾に首を護る。食い込んだ牙が痛みを齎した。
長く黒い爪が襲いかかり、右手の剣で弾く。黒い刀身が火花を散らし、爪を折った。だが何もない空間から新たな爪が生まれる。尽きない魔力を先に封じなければ、いくらでも回復して襲いかかるだろう。噛まれた左腕を大きく振ったが、牙は離れない。
「いい覚悟だ」
痛みを増していく腕に毒が回っていた。くつりと喉を震わせて笑い、オレは己の左腕を肘の上で斬り落とす。毒牙に蝕まれた肉を捨て、右手の剣を構え直した。
「次はこちらの番だ」
目の高さで構えた右腕を少し傾ける。黒き神だったモノを視線でしっかり捉え、一気に地を蹴った。
僕は腐った果実を味わう気だったのに……全部叩き落とすなんて、無礼にも程があるだろう? 死んでしまえばいい。この世界で僕は最高の力を持つ存在だ。僕が望んだら消えるはずの世界で、奴の手足になった果実も手に入らない。
こんな世界は望んでない。僕の作った芳醇なワインを飲み干す余所者を排除しなくては――。
「ぐぁああああああ! 死ねっ! 死んで詫びろ!」
闇に似た形の曖昧な存在が叫ぶ。圧倒的な存在感と魔力を持つくせに、揺らいで不安定だった。それは形を固定しないからだ。魔力は煙や水のようなものだった。器がしっかりと形をもてば、その中に満ちていく。完全に器が満たされれば溢れもする。それを制御してこそ高位魔族なのだ。
外殻を整えないから、魔力は不安定に溢れ続ける。失う分を補い、吸い上げ続ける魔物はぎろりと赤い瞳で睨んだ。片目、爪、牙のようなものが見える。かろうじて認識できる固形物はこれだけだった。
「魔力制御に優れているようだ」
「はい、形もなく自我を保っています」
冷静に状況を見極めるアスタルテが、頬を流れる血を拭った。額より少し上に傷がある。治癒に回す魔力を惜しむアスタルテの腕を掴み、無理やり魔力を流し込んだ。
「陛下っ!」
「堅苦しい呼び方も、遠慮も不要だ」
「っ! サタン様の仰せのままに」
本名ではないが、この世界で最初に名乗った響きだ。シャイターンの肩書を呼び替えた名は、いつの間にか固定された。この世界で器を成すひとつの欠片となっている。
「力を使い過ぎだ。焦るな」
見ればわかる。アスタルテがもっとも苦手とする敵、神族だった。双子神の血を取り入れて平気な時点で、疑う余地はない。この世界を創造した神か、それとも堕天の流刑にあった神か。どちらにしても、もう不要だった。
右手の剣を目線の高さに構える。じっと待つ時間は長く感じられた。己の熱い鼓動の音と、隣で重なる魂を分けし冷たい鼓動。重なっていく呼吸と鼓動が音をひとつにする。作戦の打ち合わせなど要らぬ。互いに互いの先を読んで動けずして、何が主従か。
「今のうちに倒す」
「はっ。ご存分に」
アスタルテの魔力が拡散した。赤い血の霧に己自身を溶かしたのだ。世界の中で個を保つ境目を消すことで、吸血種は空間を支配する。結界内に満ちた黒き神の気配が、徐々に押しやられていく。追い詰められた黒い神が牙を剥いた。咄嗟に左腕を盾に首を護る。食い込んだ牙が痛みを齎した。
長く黒い爪が襲いかかり、右手の剣で弾く。黒い刀身が火花を散らし、爪を折った。だが何もない空間から新たな爪が生まれる。尽きない魔力を先に封じなければ、いくらでも回復して襲いかかるだろう。噛まれた左腕を大きく振ったが、牙は離れない。
「いい覚悟だ」
痛みを増していく腕に毒が回っていた。くつりと喉を震わせて笑い、オレは己の左腕を肘の上で斬り落とす。毒牙に蝕まれた肉を捨て、右手の剣を構え直した。
「次はこちらの番だ」
目の高さで構えた右腕を少し傾ける。黒き神だったモノを視線でしっかり捉え、一気に地を蹴った。
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