311 / 438
第10章 覇王を追撃する闇
309.傲慢と強欲の命じるまま、我が手に戻れ
しおりを挟む
切り裂いた膜の手応えは柔らかい。目の前の景色が一変した。いつもと同じ離宮の姿は投影された幻覚だったようだ。
切られた場所から散るように崩れる膜は、隔離結界の一種だろう。空間を隔てて隔離された風景が重なって滲む。すぐにブレが収まり、崩れかけた離宮の建物が目に入った。
「リシュヤ!」
何度も手伝いに来て子供と遊んだリリアーナが走り出す。飛び込んだ彼女が向かう方角から、魔力の高まりを感じた。同時に威嚇する一角獣の咆哮が響く。
「先に行くぞ」
リリアーナを連れ戻す時間を惜しみ、転移でリシュヤの魔力を終点とする。その場は驚くほど血腥い光景が広がっていた。鉄錆た臭いが鼻をつき、真っ赤に濡れた大地で少年姿のリシュヤが嘆く。頬に血の涙を溢し、何かに取り憑かれたように血走った目でオレを睨みつけた。
操られて相手を認識できないのではない。この惨状に取り乱し、精神が崩壊寸前だった。幼子を抱き抱え、喉が裂ける泣き声を上げる。その姿は己の無力さを嘆き、奪われた宝をまだ守ろうとする悲しみと覚悟が感じられた。
何が起きたのか。尋ねるのを後回しにしなければならぬ。まずは子供の回復、それから興奮状態のリシュヤを落ち着けなければ。
「っ……何?!」
駆け込んだリリアーナは、驚きに足を止める。それから狂ったように叫ぶリシュヤの姿に目を細めた。履いていたサンダルを脱ぎ、右手を竜化する。流れるように体内の魔力を制御して見せた黒竜の娘は、オレの前に立った。
「私が引きつける」
その一言に「任せる」と返した。驚きが心に広がる。まるでククルやアナト達のようではないか。オレが優先する治癒を魔法陣から読み取り、混乱から我を失ったユニコーンの足止めを申し出た。愛玩動物から配下に格上げか。
死んですぐなら引き戻せる。子供達が倒れて見える場所ではなく、離宮がある敷地全体を範囲指定した。長い槍を短く持ち、己の喉をついた姿は自殺に見える。だがあの子供達がそんな死に方をする意味も理由もなかった。
人間を操っているとしたら、闇はまだ仕掛けを残しているだろう。リリアーナには守護の指輪を持たせている。収納空間から箱をひとつ取り出し、中の王冠を無造作に頭に乗せた。魔道具の一種だ。致死に値する強烈な魔法や魔術であっても、一度だけ反射する。
過去の魔王の遺産を使い、万が一の場合へ対策を施した。魔法陣を編み上げて、空に放る。大きく湾曲して、指定した範囲をドーム状に囲った。大地に触れたドームの縁から新たな魔法文字が生まれ、次々と連鎖するように埋め尽くす。そのままオレの足元まで文字が覆い尽くした。
「傲慢の王たる余が命じる『止まれ』」
時間を巻き戻す治癒は、大量の魔力と集中を必要とする。人数が増えれば、その分だけ術者の魔力を消費する危険な術だった。これを使う間は己を守る者が必要になる。治癒魔法陣の中心から術師が動けば、治癒の魔力は拡散して消える欠点もあった。
それでも個々に治癒したら間に合わない。この子達を保護したのは、死なせるためではない。偽善のためでもなかった。目の前の赤が、怒りの色として目蓋の裏に焼き付く。
「強欲の王として命じる『我が手に戻せ』」
失われる命を食い止め、戻れと命じる。世界に干渉する強い意志に比例し、大量の魔力が吸い出された。
切られた場所から散るように崩れる膜は、隔離結界の一種だろう。空間を隔てて隔離された風景が重なって滲む。すぐにブレが収まり、崩れかけた離宮の建物が目に入った。
「リシュヤ!」
何度も手伝いに来て子供と遊んだリリアーナが走り出す。飛び込んだ彼女が向かう方角から、魔力の高まりを感じた。同時に威嚇する一角獣の咆哮が響く。
「先に行くぞ」
リリアーナを連れ戻す時間を惜しみ、転移でリシュヤの魔力を終点とする。その場は驚くほど血腥い光景が広がっていた。鉄錆た臭いが鼻をつき、真っ赤に濡れた大地で少年姿のリシュヤが嘆く。頬に血の涙を溢し、何かに取り憑かれたように血走った目でオレを睨みつけた。
操られて相手を認識できないのではない。この惨状に取り乱し、精神が崩壊寸前だった。幼子を抱き抱え、喉が裂ける泣き声を上げる。その姿は己の無力さを嘆き、奪われた宝をまだ守ろうとする悲しみと覚悟が感じられた。
何が起きたのか。尋ねるのを後回しにしなければならぬ。まずは子供の回復、それから興奮状態のリシュヤを落ち着けなければ。
「っ……何?!」
駆け込んだリリアーナは、驚きに足を止める。それから狂ったように叫ぶリシュヤの姿に目を細めた。履いていたサンダルを脱ぎ、右手を竜化する。流れるように体内の魔力を制御して見せた黒竜の娘は、オレの前に立った。
「私が引きつける」
その一言に「任せる」と返した。驚きが心に広がる。まるでククルやアナト達のようではないか。オレが優先する治癒を魔法陣から読み取り、混乱から我を失ったユニコーンの足止めを申し出た。愛玩動物から配下に格上げか。
死んですぐなら引き戻せる。子供達が倒れて見える場所ではなく、離宮がある敷地全体を範囲指定した。長い槍を短く持ち、己の喉をついた姿は自殺に見える。だがあの子供達がそんな死に方をする意味も理由もなかった。
人間を操っているとしたら、闇はまだ仕掛けを残しているだろう。リリアーナには守護の指輪を持たせている。収納空間から箱をひとつ取り出し、中の王冠を無造作に頭に乗せた。魔道具の一種だ。致死に値する強烈な魔法や魔術であっても、一度だけ反射する。
過去の魔王の遺産を使い、万が一の場合へ対策を施した。魔法陣を編み上げて、空に放る。大きく湾曲して、指定した範囲をドーム状に囲った。大地に触れたドームの縁から新たな魔法文字が生まれ、次々と連鎖するように埋め尽くす。そのままオレの足元まで文字が覆い尽くした。
「傲慢の王たる余が命じる『止まれ』」
時間を巻き戻す治癒は、大量の魔力と集中を必要とする。人数が増えれば、その分だけ術者の魔力を消費する危険な術だった。これを使う間は己を守る者が必要になる。治癒魔法陣の中心から術師が動けば、治癒の魔力は拡散して消える欠点もあった。
それでも個々に治癒したら間に合わない。この子達を保護したのは、死なせるためではない。偽善のためでもなかった。目の前の赤が、怒りの色として目蓋の裏に焼き付く。
「強欲の王として命じる『我が手に戻せ』」
失われる命を食い止め、戻れと命じる。世界に干渉する強い意志に比例し、大量の魔力が吸い出された。
0
お気に入りに追加
1,032
あなたにおすすめの小説
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
47歳のおじさんが異世界に召喚されたら不動明王に化身して感謝力で無双しまくっちゃう件!
のんたろう
ファンタジー
異世界マーラに召喚された凝流(しこる)は、
ハサンと名を変えて異世界で
聖騎士として生きることを決める。
ここでの世界では
感謝の力が有効と知る。
魔王スマターを倒せ!
不動明王へと化身せよ!
聖騎士ハサン伝説の伝承!
略称は「しなおじ」!
年内書籍化予定!

クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした
コレゼン
ファンタジー
小日向 悠(コヒナタ ユウ)は、クラスメイトと一緒に異世界召喚に巻き込まれる。
クラスメイトの幾人かは勇者に剣聖、賢者に聖女というレアスキルを授かるが一方、ユウが授かったのはなんと外れスキルの無能だった。
召喚国の責任者の女性は、役立たずで戦力外のユウを奈落というダンジョンへゴミとして廃棄処分すると告げる。
理不尽に奈落へと追放したクラスメイトと召喚者たちに対して、ユウは復讐を誓う。
ユウは奈落で無能というスキルが実は『すべてを無にする』、最強のチートスキルだということを知り、奈落の規格外の魔物たちを無能によって倒し、規格外の強さを身につけていく。
これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。
【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。
帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。
しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。
自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。
※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる