上 下
309 / 438
第10章 覇王を追撃する闇

307.罠がひとつとは限らない

しおりを挟む
 暗い闇の中にいるようだ。視界はちゃんと物を捉え、言葉も動きも制限されていない。だが身体ではなく、思考が操られている気がした。

 いつもなら選ばない選択肢、絶対に手を出さない領域、下さない決断……すべてが苦痛だ。なのに当たり前のように、それらを選ぶ自分がいた。いっそ心を自由にして、体を操ってくれた方が気が楽だ。私が決めたわけじゃないと言い切れるから。

 苛立ちに表情が強張る。それを無理やり笑えと命じる脳を掻き毟って、大声で叫びたかった。

 今の命令は撤回だ――そう言えたなら。どれだけスッキリするだろう。思い通りにならない状況で、魔王の帰還を知る。あの方ならこの状況から救ってくれる! そう確信したそばから、近づかずに済むルートを選んで歩いた。

 執務室へ戻り、大量の書類に手をつける。地震の報告書が積まれた中へ、白紙を1枚紛れさせた。本当なら、ここに違和感を記せばいい。僅か一文であっても、察してくれるはずだ。しかし伝えようとする文章を、頭が拒否した。文章を作ろうとする端から、単語が解けていく感じだ。並べて文章を作れないと悟った私に出来るのは、別の方法での伝達だった。

「マルファス、この書類に陛下の裁可を頂いてください」

 彼もなんだかおかしい。きっと人間の理解が及ばない何かが起きた。ぎこちない空気の中で、互いに互いの状態に気づく。頷いたマルファスへ渡した書類に混ぜた白紙に、あの方は何を思うか。

 あれが精一杯の意思表示だった。



 羽を広げて天上から見下さねば気づけない仕掛け……呪詛を仕込んだ魔法陣を刻まれた大地は、いずれ悲鳴を上げて身を捩る。その時は今回の比ではない被害がでたはずだ。だがこの程度の仕掛け、見抜かれないと思うほど甘い敵か?

「あそこ、変だよ」

 リリアーナが示したのは、魔法陣の中央になった城の中庭の南側、離宮がある場所だった。魔法陣を読み解くほどの知識はなく、だが本能が発達した竜の娘は違和感を口にする。ウラノスのように知識があれば、自分で解いただろう。だがリリアーナは他者が見落とした何かを、鋭敏に感じ取った。

 これは生まれついての才能だ。くるくると城の上空を旋回する黒竜は、高い声で吠えた。彼女が示す先に目を凝らし、違和感の正体に気づく。声が聞こえないのだ。あの離宮は孤児院として機能している。一角獣が庇護する処女おとめの楽園は、言い換えれば子供ばかりの賑やかな場所だった。

 子供の声も、生活の音も、何も聞こえない。気づいた瞬間、首筋を冷たい手で撫でられたような不快感を覚えた。

「ウラノス、アルシエル。この場を任せる」

 承知したと返る答えを聞きながら、羽の角度を変えて滑空した。追いかけるリリアーナは、ついて来いと命じられなくても従う。地上間近で人化して、丈夫な身体をいいことに力技で着地した。ひらりとスカートを揺らして駆け寄り、大急ぎで斜め後ろに控える。

「誰もいない? 違う?」

 ひとの気配がするのに、音がしない状況は不自然だ。右手を一振りし、愛用の剣を呼び出す。黒竜の革を巻いた柄を握り、隔てる膜を左から右へ切り裂いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。  帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。  しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。  自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。   ※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。 ※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。 〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜 ・クリス(男・エルフ・570歳)   チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが…… ・アキラ(男・人間・29歳)  杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が…… ・ジャック(男・人間・34歳)  怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが…… ・ランラン(女・人間・25歳)  優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は…… ・シエナ(女・人間・28歳)  絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……

腐った伯爵家を捨てて 戦姫の副団長はじめます~溢れる魔力とホムンクルス貸しますか? 高いですよ?~

薄味メロン
ファンタジー
領地には魔物が溢れ、没落を待つばかり。 【伯爵家に逆らった罪で、共に滅びろ】 そんな未来を回避するために、悪役だった男が奮闘する物語。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>

ラララキヲ
ファンタジー
 フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。  それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。  彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。  そしてフライアルド聖国の歴史は動く。  『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……  神「プンスコ(`3´)」 !!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!! ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇ちょっと【恋愛】もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

処理中です...