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第10章 覇王を追撃する闇

302.狂った音を調律する大地の子ら

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 転移中の喪失感に顔を上げる。何が起きた? 転移先の座標は間違っていない。目の前に城はあり、ドワーフが地割れを直していた。

「何があった」

 声に出すと、違和感が胸をざわつかせる。おかしい。リリアーナはどうした? いつも帰城した気配に飛び出す少女の気配がなかった。ククルと双子も、オリヴィエラも……強大な魔力を持つ者は不在に気づきやすい。

「……奇妙な感じがします」

 アスタルテの目は地面に固定された。どの種族でも、始祖と呼ばれる個体は特殊な能力を持つ突然変異だ。無言で見つめた地面に変化があったのか、ゆっくりと目を細めた。

「陛下、地下に何か気配があります」

「確かに大地の匂いがおかしい」

 くんと鼻を動かしたアルシエルが呟く。しばらく中庭に立つが、駆け寄ったのはドワーフの親方だけだった。

「おいっ、魔王様よ。大臣のあんちゃんも、いつも元気なねえちゃんもいねえぞ」

「大地が揺れたのか」

 確認するオレの声に、親方は捲し立てた。身振り手振りが大きく、それだけ揺れたのだと訴えた。

「城が傾くくらいの揺れだ。ニームが手伝ってくれたんで、この程度じゃが……そのあと、誰もおらんくなったぞ」

 両手を広げて、城を示す。大股で歩いて、面倒になり途中で転移した。城門の上空から確認すると、大地に入ったヒビは大きく5本。その中央がこの城だった。まるで城を中心に蜘蛛が巣を張った模様のようだ。細かなヒビは少なく、大きな割れは家が1軒飲み込まれるほどの幅があった。

 意図的な攻撃だろう。自然に起きた地震ではない。その証拠に、荒れ地やその向こうにある畑や森は無傷だった。自然現象なら、荒れ地にもヒビが広がるだろう。

「被害の報告を……アガレスもいないのか」

 舌打ちして戻れば、アスタルテが大地にどっかりと座っていた。軍服姿なのをいいことに、胡座をかいて地面に両手を伸ばす。左右に腕を広げたは、正面から見ると三角形だ。肩から45度の角度で指先を伸ばしたアスタルテは、目を閉じた。紫の瞳が消えると、凛々しさが消えて幼い印象を与える。

「何か、います……地下、違う? 横、右……遥か向こう」

 大地と対話するように情報を集める彼女の様子に目を瞬かせた後、ドワーフの親方は大声で仲間を呼んだ。集まってくるドワーフは、ニームへ歌を捧げる。酒に焼けて掠れた声が、不思議な調和をみせた。どこか切なく響く旋律は耳に優しい。協力を求める大地の申し子達に、大地の精霊は応えた。

 目を開いたアスタルテがひとつ大きく息を吐き出す。集中しすぎて疲れた脳を労るように、顳顬を強く押した。

「あの子達、全員……同じ場所にいました。この場所ですが、空間がズレています」

 地震と同じで、自然に起きる現象ではない。揺れた大地に気を取られた瞬間を狙い、この城全体に魔術を仕掛けた。これは封印だ。同じ場所にある別の空間に、人や物を閉じ込める手法だろう。

「迎えに行く。支度をしろ」

 リリアーナ達には荷が重い。外部から砕くしかあるまい。そう告げると、アスタルテはくすくす笑って黒髪をかき上げた。

「陛下のそんなお顔初めてです。でも……ククルが先に動いたみたい」

 彼女の言葉に重なるようにして、風がぴりりと緊張し、徐々に気温が上がり始めた。
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