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第10章 覇王を追撃する闇

299.聖地を襲う大地の鳴動

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 膝までの短いスカートに、ふわりと薄絹を掛ける。透ける絹をウエストで巻いて縛った。人前にでる姿ではないが、レッスンに必要なのだ。足の動きや曲げた様子が確認できるよう、透ける布を使う。これは幼いロゼマリアが、ダンスやカーテシーの練習で使った手法だった。鏡の前で何度も練習したことが懐かしい。

「そこで止まって、カーテシーをなさって」

 主が留守の城は、がらんとしている。実際には侍女や文官が歩き回っており、外でドワーフが建物の装飾に夢中だった。人がいないわけではないが、謁見の広間は誰も使用しない。ちょうどいいとロゼマリアに誘われ、リリアーナは淑女教育を受けていた。

 まとわりつく絹を捌いて歩き、言われた場所で足を止める。左の足を半歩引いてから、爪先で地面を軽く叩くように置いた。右の膝をわずかに曲げてバランスを……。

「っ、だめ。無理」

 身体は鍛えているし、空を飛ぶ竜の体幹はしっかりしている。それでも普段使わない筋肉を使う動きや、バランスを取りながらも優雅に見える所作は厳しかった。ぐらついて裾を踏み、倒れそうになったリリアーナが地面に手をつく。そのまま腕の力で飛び上がり、空中で一回転して着地する。

「これ、大変だね」

「……私には今の動きの方が大変ですわ」

 驚異の身体能力に目を見開いたロゼマリアは苦笑いする。オリヴィエラはあまり興味がないのか、玉座の前の階段に腰掛けて肘をついた。

「こういうの、アスタルテが上手だよ」

 ククルが赤い絨毯の上でくるりと回る。自分は将軍職に就くから、淑女の礼は不要と逃げた彼女は玉座の足元に座った。後ろでレーシーが甲高い声で歌う。毎日歌い続けるのに喉は平気なんだねと感心するアナトの隣で、バアルが欠伸をした。双子は眠いようで、互いに抱き締めあって赤い絨毯に寝転ぶ。

「バアル様、アナト様も……風邪をひきますよ」

 ロゼマリアは慌てて声をかけたが、彼らは気にしない。サタンが王位に就くまで、薄暗い洞窟や岩の上に寝ることも多かった。地面が硬いから寝られないほど繊細ではない。慌てて侍女のエマに毛布を用意させるロゼマリアは、まとまりのない広間を見回した。

「ローザったら、母親みたい」

 くすくす笑うオリヴィエラが指摘した途端、リリアーナが唇を尖らせた。

「私がサタン様の正妻になるんだもん」

「はいはい。わかってるわよ」

 投げやりに答えたオリヴィエラに、リリアーナが食って掛かろうとしたとき……大地が鳴動した。大きく縦に揺れる振動は、広間のシャンデリアを揺らす。ミシッと悲鳴を上げた天井にヒビが入り、窓が甲高い音で割れる。咄嗟に結界を張ったのはククルだった。全員が姿勢を低くし、地面に伏せる。

 城のあちこちから怒号や悲鳴が聞こえ、混乱が伝わってきた。アナトとバアルがその結界を拡大させる。広間全体を包んで振動が収まるのを待った。数秒間の揺れが終わると、ほっとして結界を解除する。よほど驚いたのか、レーシーの歌も止まっていた。

 しんとした広間で、我に返ったロゼマリアが立ち上がる。

「被害を、確認しなくては……」

 割れた窓の向こうに、被害を記す紙束を手に走り回る文官が見えた。掠れた声で己に言い聞かせたロゼマリアの上に、ぱらりと天井の破片が落ちる。ゆっくり見上げた彼女の視界を、迫りくるシャンデリアが埋め尽くした。
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