【完結】魔王なのに、勇者と間違えて召喚されたんだが?

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)

文字の大きさ
上 下
295 / 438
第10章 覇王を追撃する闇

293.選んだ答えを否定も肯定もしない

しおりを挟む
 手足がすらりと長く、成人した体躯は立派だ。白に近い髪色は鮮やかに光を弾く銀色に変わった。いや、戻ったのだろう。封印することで己の寿命と魔力を保った吸血種は、その偽りの姿を脱ぎ捨てた。

 魔王に仕えた頃のウラノスは、こうであったと言い切れるほど力に満ちた姿で一礼する。緑の瞳は子供の姿より色を濃くした。深緑の色に慈悲はなく、森の奥の滝壺を思わせる暗さを秘めて輝く。

「御前、失礼」

 背に蝙蝠の羽が2対現れ、クロスする形で広げられた。手のひらほどの短い1本の角を額に生やし、唇から長い牙が覗く。獰猛な獣の瞳を細め、ウラノスは滑空するように魔法陣を蹴った。地面に立つ青年姿の元主君の器へ、呼び出した風の刃を叩きつける。

 滅多切りにした軌跡が地面を抉り、視界が遮られた。土煙に覆われた地表付近を、左から魔力の風が吹き抜ける。ウラノスは右手をそのまま剣に変形した。身体の一部を変形する技術は、吸血種の得意技だ。器用な者は分離して自在に操る。

 振り抜く軌道に容赦や迷いはなかった。命を賭けて守った元魔王の器であれば、惑わされるかも知れない。その懸念を払拭する戦いぶりだった。

「器を返し、疾く去れ!」

 右からの攻撃を剣の腕で受け流し、左足でステップを踏んで後ろに体を逃す。追いかける黒衣の青年を誘い込んでから、空中を蹴って加速した。緩急の付け方が見事な体術は、全盛期のウラノスを想像させるに十分だった。

「我が君、あれは……」

 アルシエルが息をのみ、それから戸惑いがちに答えを口にした。

「前魔王に王位を譲った吸血王ですな」

 子供の姿とウラノスの名で気付けなかった。ウラノスの別名をカイルスという。

 この世界の魔王は在位期間が長い。当代の魔王が夢魔で惰弱だじゃくと判断しても、下克上が起きなかったのは、この世界ならではのルール故だ。部下の実力も主君の一部として換算された。黒竜王が付いているから、夢魔は魔王位を継げたのだ。

 そして当代の夢魔の母は竜種だった。リシュエラ魔竜王と呼ばれた先代、その前がウラノスだ。カイルス吸血王を名乗り、主君であった鬼人王から王位を譲られた。己が知らぬ過去を他人事のように語った口で、アルシエルは気の毒そうに付け足す。

「カイルス吸血王は、己の主君に死を禁じられたと聞きます。そこにあった感情や経緯は知りませんが……辛いでしょうな」

 死ねないから己を封印して眠りについた。主君の命令を捨てられず、しかし主君がいない世界に興味はなかった。クリスティーヌの件がなければ、そのまま地下牢の隠れた番人として眠り続けたのだろう。

「選ぶのはあやつだ」

 肯定も否定もしない。ウラノスが選んだ結果を認め、受け入れるのが主君に求められる答えだ。そう突き放し、ウラノスの戦いを見守った。
しおりを挟む
感想 177

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...