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第10章 覇王を追撃する闇
293.選んだ答えを否定も肯定もしない
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手足がすらりと長く、成人した体躯は立派だ。白に近い髪色は鮮やかに光を弾く銀色に変わった。いや、戻ったのだろう。封印することで己の寿命と魔力を保った吸血種は、その偽りの姿を脱ぎ捨てた。
魔王に仕えた頃のウラノスは、こうであったと言い切れるほど力に満ちた姿で一礼する。緑の瞳は子供の姿より色を濃くした。深緑の色に慈悲はなく、森の奥の滝壺を思わせる暗さを秘めて輝く。
「御前、失礼」
背に蝙蝠の羽が2対現れ、クロスする形で広げられた。手のひらほどの短い1本の角を額に生やし、唇から長い牙が覗く。獰猛な獣の瞳を細め、ウラノスは滑空するように魔法陣を蹴った。地面に立つ青年姿の元主君の器へ、呼び出した風の刃を叩きつける。
滅多切りにした軌跡が地面を抉り、視界が遮られた。土煙に覆われた地表付近を、左から魔力の風が吹き抜ける。ウラノスは右手をそのまま剣に変形した。身体の一部を変形する技術は、吸血種の得意技だ。器用な者は分離して自在に操る。
振り抜く軌道に容赦や迷いはなかった。命を賭けて守った元魔王の器であれば、惑わされるかも知れない。その懸念を払拭する戦いぶりだった。
「器を返し、疾く去れ!」
右からの攻撃を剣の腕で受け流し、左足でステップを踏んで後ろに体を逃す。追いかける黒衣の青年を誘い込んでから、空中を蹴って加速した。緩急の付け方が見事な体術は、全盛期のウラノスを想像させるに十分だった。
「我が君、あれは……」
アルシエルが息をのみ、それから戸惑いがちに答えを口にした。
「前魔王に王位を譲った吸血王ですな」
子供の姿とウラノスの名で気付けなかった。ウラノスの別名をカイルスという。
この世界の魔王は在位期間が長い。当代の魔王が夢魔で惰弱と判断しても、下克上が起きなかったのは、この世界ならではのルール故だ。部下の実力も主君の一部として換算された。黒竜王が付いているから、夢魔は魔王位を継げたのだ。
そして当代の夢魔の母は竜種だった。リシュエラ魔竜王と呼ばれた先代、その前がウラノスだ。カイルス吸血王を名乗り、主君であった鬼人王から王位を譲られた。己が知らぬ過去を他人事のように語った口で、アルシエルは気の毒そうに付け足す。
「カイルス吸血王は、己の主君に死を禁じられたと聞きます。そこにあった感情や経緯は知りませんが……辛いでしょうな」
死ねないから己を封印して眠りについた。主君の命令を捨てられず、しかし主君がいない世界に興味はなかった。クリスティーヌの件がなければ、そのまま地下牢の隠れた番人として眠り続けたのだろう。
「選ぶのはあやつだ」
肯定も否定もしない。ウラノスが選んだ結果を認め、受け入れるのが主君に求められる答えだ。そう突き放し、ウラノスの戦いを見守った。
魔王に仕えた頃のウラノスは、こうであったと言い切れるほど力に満ちた姿で一礼する。緑の瞳は子供の姿より色を濃くした。深緑の色に慈悲はなく、森の奥の滝壺を思わせる暗さを秘めて輝く。
「御前、失礼」
背に蝙蝠の羽が2対現れ、クロスする形で広げられた。手のひらほどの短い1本の角を額に生やし、唇から長い牙が覗く。獰猛な獣の瞳を細め、ウラノスは滑空するように魔法陣を蹴った。地面に立つ青年姿の元主君の器へ、呼び出した風の刃を叩きつける。
滅多切りにした軌跡が地面を抉り、視界が遮られた。土煙に覆われた地表付近を、左から魔力の風が吹き抜ける。ウラノスは右手をそのまま剣に変形した。身体の一部を変形する技術は、吸血種の得意技だ。器用な者は分離して自在に操る。
振り抜く軌道に容赦や迷いはなかった。命を賭けて守った元魔王の器であれば、惑わされるかも知れない。その懸念を払拭する戦いぶりだった。
「器を返し、疾く去れ!」
右からの攻撃を剣の腕で受け流し、左足でステップを踏んで後ろに体を逃す。追いかける黒衣の青年を誘い込んでから、空中を蹴って加速した。緩急の付け方が見事な体術は、全盛期のウラノスを想像させるに十分だった。
「我が君、あれは……」
アルシエルが息をのみ、それから戸惑いがちに答えを口にした。
「前魔王に王位を譲った吸血王ですな」
子供の姿とウラノスの名で気付けなかった。ウラノスの別名をカイルスという。
この世界の魔王は在位期間が長い。当代の魔王が夢魔で惰弱と判断しても、下克上が起きなかったのは、この世界ならではのルール故だ。部下の実力も主君の一部として換算された。黒竜王が付いているから、夢魔は魔王位を継げたのだ。
そして当代の夢魔の母は竜種だった。リシュエラ魔竜王と呼ばれた先代、その前がウラノスだ。カイルス吸血王を名乗り、主君であった鬼人王から王位を譲られた。己が知らぬ過去を他人事のように語った口で、アルシエルは気の毒そうに付け足す。
「カイルス吸血王は、己の主君に死を禁じられたと聞きます。そこにあった感情や経緯は知りませんが……辛いでしょうな」
死ねないから己を封印して眠りについた。主君の命令を捨てられず、しかし主君がいない世界に興味はなかった。クリスティーヌの件がなければ、そのまま地下牢の隠れた番人として眠り続けたのだろう。
「選ぶのはあやつだ」
肯定も否定もしない。ウラノスが選んだ結果を認め、受け入れるのが主君に求められる答えだ。そう突き放し、ウラノスの戦いを見守った。
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