291 / 438
第10章 覇王を追撃する闇
289.竜の誉れを穢す腐臭を追う
しおりを挟む
「はい、その可能性が高いと思われます」
肯定したアルシエルが拳を握る。水竜からの報告を受けてすぐ、彼を山に戻し単身で獣人の里へ向かった。ケガをした獣人が3日かけた距離を、数時間で横断する。燻る炎や煙もない、焼け焦げた集落は想像より大きかった。
千人近い獣人が住んだ土地は、ブレスに焼き払われ黒く煤けている。その中央付近に大きな楕円の窪みを見つけた。建物を重量物が押しつぶした痕跡だ。おそらく竜の巨体が落下した跡だろう。周囲をぐるりと回るが、竜が見つからない。もし生きていれば……淡い期待を込めて森や川沿いも飛んでみたが姿はなかった。
水竜は串刺しで死んだと報告した。つまり死体を見た誰かがいるのだ。ならば炎竜は死んだはずで、なのに死体がない。考えられる最悪の事態は呪われた可能性だ。死ねないゾンビのような存在は、吸血鬼達と明確に区別される。
アンデッドは種族として存在し、生まれた時から鼓動や呼吸を止める術を身につけた魔族である。吸血鬼やスケルトンがここに分類される。しかしゾンビは別物だった。死を恐れて拒絶し、呪われた存在……生前の記憶や性格は失われ、ただ生者の命を奪うだけの死体だった。
死を恐れるのは生き物として本能だが、拒絶するのは違う。そのため同族がゾンビ化するのは恥とする考えが、魔族にあった。何らかの理由で死体が溶けた可能性も探るが、その痕跡がなければ諦めるしかない。竜族は呪われたゾンビを出したのだと。
淡々と報告する声に感情はない。黙って聞いた後、アスタルテが口を開いた。
「還してあげなくては、いけませんね」
声は掠れていた。ゾンビ化すれば本能のみで生きる。過去に培った経験も、性格や人柄もすべて消えた野獣以下の存在だった。竜族は誇り高く、それゆえに同族のゾンビを許さない。判断を仰ぐ黒竜王は無表情だった。
「アスタルテ、城を任せる」
「よろしいのですか?」
私が代わりに出てもいい。ゾンビ化したドラゴンの姿は哀れで、過去の傷を抉るだろう。嫌な仕事は任せればいいと気遣う彼女へ、首を横に振った。腐った身を切り裂いて還した記憶が過り、唇を引き結んだ。
「アルシエル、共をせよ」
「はっ」
マントを翻して廊下を歩く正面から、リリアーナがドレスの裾をつまんで走ってきた。髪も綺麗に編み込んで、どこぞの姫君のようだ。檸檬色のドレスが褐色の肌を引き立てる。
「ダンスの練習してたの」
「そうか。次は何だ?」
「うんとね、お茶会の練習とカーテシーを覚える」
頷いてやれば、嬉しそうに笑う。尻尾を隠せるようになったので、ドレスは人間用だ。今までと違い膨らませたスカートではなく、身体のラインが出るデザインだった。オリヴィエラあたりの選択か。首に零れ落ちた金髪の後れ毛は、きらきらと陽光を弾いた。
「しっかり励め」
それだけ告げて離れた。後ろに従うアルシエルの厳しい表情に、リリアーナは目を瞬かせる。
「早く帰ってきてね」
何も知らない娘の声に、アルシエルは拳を握り、オレは小さく頷いた。
肯定したアルシエルが拳を握る。水竜からの報告を受けてすぐ、彼を山に戻し単身で獣人の里へ向かった。ケガをした獣人が3日かけた距離を、数時間で横断する。燻る炎や煙もない、焼け焦げた集落は想像より大きかった。
千人近い獣人が住んだ土地は、ブレスに焼き払われ黒く煤けている。その中央付近に大きな楕円の窪みを見つけた。建物を重量物が押しつぶした痕跡だ。おそらく竜の巨体が落下した跡だろう。周囲をぐるりと回るが、竜が見つからない。もし生きていれば……淡い期待を込めて森や川沿いも飛んでみたが姿はなかった。
水竜は串刺しで死んだと報告した。つまり死体を見た誰かがいるのだ。ならば炎竜は死んだはずで、なのに死体がない。考えられる最悪の事態は呪われた可能性だ。死ねないゾンビのような存在は、吸血鬼達と明確に区別される。
アンデッドは種族として存在し、生まれた時から鼓動や呼吸を止める術を身につけた魔族である。吸血鬼やスケルトンがここに分類される。しかしゾンビは別物だった。死を恐れて拒絶し、呪われた存在……生前の記憶や性格は失われ、ただ生者の命を奪うだけの死体だった。
死を恐れるのは生き物として本能だが、拒絶するのは違う。そのため同族がゾンビ化するのは恥とする考えが、魔族にあった。何らかの理由で死体が溶けた可能性も探るが、その痕跡がなければ諦めるしかない。竜族は呪われたゾンビを出したのだと。
淡々と報告する声に感情はない。黙って聞いた後、アスタルテが口を開いた。
「還してあげなくては、いけませんね」
声は掠れていた。ゾンビ化すれば本能のみで生きる。過去に培った経験も、性格や人柄もすべて消えた野獣以下の存在だった。竜族は誇り高く、それゆえに同族のゾンビを許さない。判断を仰ぐ黒竜王は無表情だった。
「アスタルテ、城を任せる」
「よろしいのですか?」
私が代わりに出てもいい。ゾンビ化したドラゴンの姿は哀れで、過去の傷を抉るだろう。嫌な仕事は任せればいいと気遣う彼女へ、首を横に振った。腐った身を切り裂いて還した記憶が過り、唇を引き結んだ。
「アルシエル、共をせよ」
「はっ」
マントを翻して廊下を歩く正面から、リリアーナがドレスの裾をつまんで走ってきた。髪も綺麗に編み込んで、どこぞの姫君のようだ。檸檬色のドレスが褐色の肌を引き立てる。
「ダンスの練習してたの」
「そうか。次は何だ?」
「うんとね、お茶会の練習とカーテシーを覚える」
頷いてやれば、嬉しそうに笑う。尻尾を隠せるようになったので、ドレスは人間用だ。今までと違い膨らませたスカートではなく、身体のラインが出るデザインだった。オリヴィエラあたりの選択か。首に零れ落ちた金髪の後れ毛は、きらきらと陽光を弾いた。
「しっかり励め」
それだけ告げて離れた。後ろに従うアルシエルの厳しい表情に、リリアーナは目を瞬かせる。
「早く帰ってきてね」
何も知らない娘の声に、アルシエルは拳を握り、オレは小さく頷いた。
0
お気に入りに追加
1,029
あなたにおすすめの小説
【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。
帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。
しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。
自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。
※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
【完結】彼女以外、みんな思い出す。
❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。
幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。
はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>
ラララキヲ
ファンタジー
フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。
それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。
彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。
そしてフライアルド聖国の歴史は動く。
『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……
神「プンスコ(`3´)」
!!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!!
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇ちょっと【恋愛】もあるよ!
◇なろうにも上げてます。
~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます
無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる