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第10章 覇王を追撃する闇

289.竜の誉れを穢す腐臭を追う

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「はい、その可能性が高いと思われます」

 肯定したアルシエルが拳を握る。水竜からの報告を受けてすぐ、彼を山に戻し単身で獣人の里へ向かった。ケガをした獣人が3日かけた距離を、数時間で横断する。燻る炎や煙もない、焼け焦げた集落は想像より大きかった。

 千人近い獣人が住んだ土地は、ブレスに焼き払われ黒く煤けている。その中央付近に大きな楕円の窪みを見つけた。建物を重量物が押しつぶした痕跡だ。おそらく竜の巨体が落下した跡だろう。周囲をぐるりと回るが、竜が見つからない。もし生きていれば……淡い期待を込めて森や川沿いも飛んでみたが姿はなかった。

 水竜は串刺しで死んだと報告した。つまり死体を見た誰かがいるのだ。ならば炎竜は死んだはずで、なのに死体がない。考えられる最悪の事態は呪われた可能性だ。死ねないゾンビのような存在は、吸血鬼達と明確に区別される。

 アンデッドは種族として存在し、生まれた時から鼓動や呼吸を止める術を身につけた魔族である。吸血鬼やスケルトンがここに分類される。しかしゾンビは別物だった。死を恐れて拒絶し、呪われた存在……生前の記憶や性格は失われ、ただ生者の命を奪うだけの死体だった。

 死を恐れるのは生き物として本能だが、拒絶するのは違う。そのため同族がゾンビ化するのは恥とする考えが、魔族にあった。何らかの理由で死体が溶けた可能性も探るが、その痕跡がなければ諦めるしかない。竜族は呪われたゾンビを出したのだと。

 淡々と報告する声に感情はない。黙って聞いた後、アスタルテが口を開いた。

「還してあげなくては、いけませんね」

 声は掠れていた。ゾンビ化すれば本能のみで生きる。過去に培った経験も、性格や人柄もすべて消えた野獣以下の存在だった。竜族は誇り高く、それゆえに同族のゾンビを許さない。判断を仰ぐ黒竜王は無表情だった。

「アスタルテ、城を任せる」

「よろしいのですか?」

 私が代わりに出てもいい。ゾンビ化したドラゴンの姿は哀れで、過去の傷を抉るだろう。嫌な仕事は任せればいいと気遣う彼女へ、首を横に振った。腐った身を切り裂いて還した記憶が過り、唇を引き結んだ。

「アルシエル、共をせよ」

「はっ」

 マントを翻して廊下を歩く正面から、リリアーナがドレスの裾をつまんで走ってきた。髪も綺麗に編み込んで、どこぞの姫君のようだ。檸檬色のドレスが褐色の肌を引き立てる。

「ダンスの練習してたの」

「そうか。次は何だ?」

「うんとね、お茶会の練習とカーテシーを覚える」

 頷いてやれば、嬉しそうに笑う。尻尾を隠せるようになったので、ドレスは人間用だ。今までと違い膨らませたスカートではなく、身体のラインが出るデザインだった。オリヴィエラあたりの選択か。首に零れ落ちた金髪の後れ毛は、きらきらと陽光を弾いた。

「しっかり励め」

 それだけ告げて離れた。後ろに従うアルシエルの厳しい表情に、リリアーナは目を瞬かせる。

「早く帰ってきてね」

 何も知らない娘の声に、アルシエルは拳を握り、オレは小さく頷いた。
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