【完結】魔王なのに、勇者と間違えて召喚されたんだが?

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)

文字の大きさ
上 下
290 / 438
第10章 覇王を追撃する闇

288.消えた死体が示す凶兆

しおりを挟む
 書類に向けていた視線をあげ、手にしたペンを置く。少し留守にすると積み重なる書類だが、以前より高さは低くなった。調整能力も有能なアスタルテが大半を片付ける。

 この世界に来て、彼女は本名を封印した。吸血鬼の始祖であり誇り高いアースティルティトだが、配下も世界も捨てた女に相応しい名ではない――自らそう判断したのだろう。彼女自身が決めたことに、オレは口を挟まない。前魔王に圧されて潜伏した際に呼んだ愛称アスタルテが、彼女の新しい名前となった。

「アスタルテ、これも任せる」

 目を通し終えた予算関係の承認と最終調整を一任し、執務室に入ってきたアルシエルに向き直った。緊張した面持ちの黒竜王は、ひとつ深呼吸してから敬礼する。この辺の生真面目さは、前魔王の側近だった名残か。

 策略を得意とするアスタルテのような宰相の役割ではなく、魔王軍を率いる将軍であったククルに近い役職だっただろう。正面切って敵を屠り、裏工作と縁のない男だ。

「何があった」

 促してやれば、黒竜王アルシエルが報告を始める。マルコシアスを通じて、グリュポス跡地を賑わした混乱は知っていた。獣人が逃げ込んだこと、得体の知れぬ魔族らしき黒衣の子供の存在。だがアルシエルは別視点からの情報を持ち込んだ。

「銀狼殿が守る森に獣人が逃げ込んだ件は、すでにご存知でしょう。獣人の集落は寄せ集め、守護者となった炎竜がおりました。炎竜はかつて魔王軍へ誘われた実力者なれど、此度の敵になす術なく串刺しにされたと――報告が上がりました」

 水竜が舞い降りた。報告内容は、その際にアルシエルに告げられたものだろう。獣人達の受け入れを指揮したマーナガルムやマルコシアスも、話の内容を聞く余裕はなかった。忙しく立ち回る中、偶然水竜を目にした程度だ。

 竜の報告は信用に値する。それは種族の特色にあった。黒竜王アルシエルは魔王城での肩書に関わらず、竜族の頂点だ。色の名を冠した竜王に報告する内容に嘘があれば、報告した竜は命を断つ。それほどの覚悟を持って報告される内容に嘘偽りが入り込む余地はない。

「炎竜だと」

 最も強いブレスを有する竜だ。色に関わらず、炎の属性を強く持つため、ブレスは炎系の魔法が掛かっている。魔王軍から声がかかる強い竜を、串刺しにした? ならば武器は何だ。物理的な槍や矢は落とされる。竜の鱗を正面から貫くなら、何らかの魔力を帯びた武器か。

「見たか?」

 死体を確かめたか。そう尋ねれば、アルシエルは眉を寄せる。報告内容を確かめるため、竜の死体の状態を調べる目的もあり、獣人の集落があった場所へ赴いた。壊滅させた場所に留まる敵ではない。危険度は低かった。同じ判断をしたアルシエルは、集落の中央近くにある死体を探す。

「死体がありませんでした」

「竜の死体が消えた、と?」

「はい。落下したと思われる地点は見つけましたが、死体そのものはなく……溶かされた様子もございません」

 隣で書類を揃えていたアスタルテが息を飲んだ。消えた死体――その意味する不吉な兆候は、アンデッドの最上位である吸血鬼ならば知っている。

「まさか……」

 絞り出した声は震えていた。
しおりを挟む
感想 177

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...