【完結】魔王なのに、勇者と間違えて召喚されたんだが?

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)

文字の大きさ
上 下
288 / 438
第10章 覇王を追撃する闇

286.世界を壊すモノの目覚め

しおりを挟む
 阿鼻叫喚――逃げ回る魔族を数匹屠る。怯えて蹲る若い女は尻尾や耳のある獣人だった。命乞いする彼女の目玉を指でくり抜き、指先で潰す。悲鳴を上げてのたうち回る雌の仲間か。同族らしき獣人が、決死の覚悟で飛び込んだ。

 懐深くまで誘い込んでから、相手の攻撃をあえて受ける。黒衣に包んだ腹に突き立てられた拳は、裏側のマントまで抜けた。本来なら血を吐いて倒れる青年は、にっこり笑う。何もダメージを受けていない姿に、慌てて引き抜こうとした腕が抜けない。

「ぐあぁああああ」

 体内に侵入した獣人の腕を、肘から食らった。鋭い牙を突き立て、ぐしゃぐしゃに咀嚼する。神経が切れた指先から力が抜け、マントの内側に引き摺り込まれた。ぐちゃ、くしゃ……噛み砕く音が続き、肩の下まで喰われた男が転がる。激痛と恐怖に腰が抜けたらしい。

 這って逃げる獣人の足首に、右腕を伸ばした。触れた場所を喰らう。手のひらに現れた口は、ギザギザの牙を見せつけるように光らせ、一気に男の膝まで飲み込んだ。獣人に気を取られた黒い青年をドラゴンが襲った。赤い鱗を閃かせる竜の咆哮とブレスが、強烈な炎となって青年を包む。

 ようやく苦痛と恐怖から解放される獣人は、燃える寸前に礼を口にした。それほどの痛みであり恐ろしさに、慌てて他の獣人が目を抉られた女を引っ張って逃げる。足の速さを誇る兎や豹の獣人が先頭を切り、犬や猫の獣人が後を追う。彼らは襲撃者から同族を守る殿しんがりだった。

 体が大きく動きが鈍い獣人を先に逃すため、襲撃者の気を引いて時間稼ぎをした。だが援軍のドラゴンが来たなら、もう逃げてもいい。使命感で必死に恐怖と戦った彼らは、震える足で全力疾走する。傷ついた仲間を連れて逃げる獲物を見送り、青年は黒髪を揺らして空を見上げた。

 ブレスで焼き尽くせなかったことに、竜は苛立ち爪を閃かせる。突き刺して持ち上げ、空中から滑空して青年を叩きつけた。倒れた彼の上に再びブレスを放ち、今度こそ勝ちを確信して旋回する。

「馬鹿な蜥蜴、僕を殺すなら手を休めちゃダメだよ」

 殺してもらえなかったと残念がる声の直後、青年はふわりと浮き上がる。その背に羽はなく、魔力による浮遊はぎこちなかった。地面から離れるほどに不安定さを増す。そんな獲物を見過ごすはずがなく、炎竜は体当たりを試みた。

 近づいた途端、青年の全身から棘が突き出す。それは棘と呼べない長さで竜を串刺しにした。突き出した両手は、ランスに似た形状の棘でドラゴンを絶命させる。

「はぁ……疲れちゃった」

 狩りの続きは今度にしよう。軽い口調でぼやき、黒髪の青年は空を見上げる。太陽が閉ざされた曇り空は、それでも明るい。久しぶりの地上の空気を思い切り吸い込み、鉄錆た臭いに唇を舐めた。

「思ったよりこの体、使い勝手が悪い。早く代わりを見つけなきゃ」

 腕も取れそうだし、足もぐらつく。魔力を収める器として脆いようで、身体がひび割れていくのがわかった。割れた陶器の人形のように、がしゃんと音を立てて器を捨てる。魔族を襲撃した青年の話を携えた獣人達は、魔王側近だった黒竜王を探してバシレイアへ向かった。
しおりを挟む
感想 177

あなたにおすすめの小説

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。 パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。 攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。 ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。 一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。 これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。 ※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。 ※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。 ※表紙はAIイラストを使用。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

処理中です...