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第10章 覇王を追撃する闇
286.世界を壊すモノの目覚め
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阿鼻叫喚――逃げ回る魔族を数匹屠る。怯えて蹲る若い女は尻尾や耳のある獣人だった。命乞いする彼女の目玉を指でくり抜き、指先で潰す。悲鳴を上げてのたうち回る雌の仲間か。同族らしき獣人が、決死の覚悟で飛び込んだ。
懐深くまで誘い込んでから、相手の攻撃をあえて受ける。黒衣に包んだ腹に突き立てられた拳は、裏側のマントまで抜けた。本来なら血を吐いて倒れる青年は、にっこり笑う。何もダメージを受けていない姿に、慌てて引き抜こうとした腕が抜けない。
「ぐあぁああああ」
体内に侵入した獣人の腕を、肘から食らった。鋭い牙を突き立て、ぐしゃぐしゃに咀嚼する。神経が切れた指先から力が抜け、マントの内側に引き摺り込まれた。ぐちゃ、くしゃ……噛み砕く音が続き、肩の下まで喰われた男が転がる。激痛と恐怖に腰が抜けたらしい。
這って逃げる獣人の足首に、右腕を伸ばした。触れた場所を喰らう。手のひらに現れた口は、ギザギザの牙を見せつけるように光らせ、一気に男の膝まで飲み込んだ。獣人に気を取られた黒い青年をドラゴンが襲った。赤い鱗を閃かせる竜の咆哮とブレスが、強烈な炎となって青年を包む。
ようやく苦痛と恐怖から解放される獣人は、燃える寸前に礼を口にした。それほどの痛みであり恐ろしさに、慌てて他の獣人が目を抉られた女を引っ張って逃げる。足の速さを誇る兎や豹の獣人が先頭を切り、犬や猫の獣人が後を追う。彼らは襲撃者から同族を守る殿だった。
体が大きく動きが鈍い獣人を先に逃すため、襲撃者の気を引いて時間稼ぎをした。だが援軍のドラゴンが来たなら、もう逃げてもいい。使命感で必死に恐怖と戦った彼らは、震える足で全力疾走する。傷ついた仲間を連れて逃げる獲物を見送り、青年は黒髪を揺らして空を見上げた。
ブレスで焼き尽くせなかったことに、竜は苛立ち爪を閃かせる。突き刺して持ち上げ、空中から滑空して青年を叩きつけた。倒れた彼の上に再びブレスを放ち、今度こそ勝ちを確信して旋回する。
「馬鹿な蜥蜴、僕を殺すなら手を休めちゃダメだよ」
殺してもらえなかったと残念がる声の直後、青年はふわりと浮き上がる。その背に羽はなく、魔力による浮遊はぎこちなかった。地面から離れるほどに不安定さを増す。そんな獲物を見過ごすはずがなく、炎竜は体当たりを試みた。
近づいた途端、青年の全身から棘が突き出す。それは棘と呼べない長さで竜を串刺しにした。突き出した両手は、ランスに似た形状の棘でドラゴンを絶命させる。
「はぁ……疲れちゃった」
狩りの続きは今度にしよう。軽い口調でぼやき、黒髪の青年は空を見上げる。太陽が閉ざされた曇り空は、それでも明るい。久しぶりの地上の空気を思い切り吸い込み、鉄錆た臭いに唇を舐めた。
「思ったよりこの体、使い勝手が悪い。早く代わりを見つけなきゃ」
腕も取れそうだし、足もぐらつく。魔力を収める器として脆いようで、身体がひび割れていくのがわかった。割れた陶器の人形のように、がしゃんと音を立てて器を捨てる。魔族を襲撃した青年の話を携えた獣人達は、魔王側近だった黒竜王を探してバシレイアへ向かった。
懐深くまで誘い込んでから、相手の攻撃をあえて受ける。黒衣に包んだ腹に突き立てられた拳は、裏側のマントまで抜けた。本来なら血を吐いて倒れる青年は、にっこり笑う。何もダメージを受けていない姿に、慌てて引き抜こうとした腕が抜けない。
「ぐあぁああああ」
体内に侵入した獣人の腕を、肘から食らった。鋭い牙を突き立て、ぐしゃぐしゃに咀嚼する。神経が切れた指先から力が抜け、マントの内側に引き摺り込まれた。ぐちゃ、くしゃ……噛み砕く音が続き、肩の下まで喰われた男が転がる。激痛と恐怖に腰が抜けたらしい。
這って逃げる獣人の足首に、右腕を伸ばした。触れた場所を喰らう。手のひらに現れた口は、ギザギザの牙を見せつけるように光らせ、一気に男の膝まで飲み込んだ。獣人に気を取られた黒い青年をドラゴンが襲った。赤い鱗を閃かせる竜の咆哮とブレスが、強烈な炎となって青年を包む。
ようやく苦痛と恐怖から解放される獣人は、燃える寸前に礼を口にした。それほどの痛みであり恐ろしさに、慌てて他の獣人が目を抉られた女を引っ張って逃げる。足の速さを誇る兎や豹の獣人が先頭を切り、犬や猫の獣人が後を追う。彼らは襲撃者から同族を守る殿だった。
体が大きく動きが鈍い獣人を先に逃すため、襲撃者の気を引いて時間稼ぎをした。だが援軍のドラゴンが来たなら、もう逃げてもいい。使命感で必死に恐怖と戦った彼らは、震える足で全力疾走する。傷ついた仲間を連れて逃げる獲物を見送り、青年は黒髪を揺らして空を見上げた。
ブレスで焼き尽くせなかったことに、竜は苛立ち爪を閃かせる。突き刺して持ち上げ、空中から滑空して青年を叩きつけた。倒れた彼の上に再びブレスを放ち、今度こそ勝ちを確信して旋回する。
「馬鹿な蜥蜴、僕を殺すなら手を休めちゃダメだよ」
殺してもらえなかったと残念がる声の直後、青年はふわりと浮き上がる。その背に羽はなく、魔力による浮遊はぎこちなかった。地面から離れるほどに不安定さを増す。そんな獲物を見過ごすはずがなく、炎竜は体当たりを試みた。
近づいた途端、青年の全身から棘が突き出す。それは棘と呼べない長さで竜を串刺しにした。突き出した両手は、ランスに似た形状の棘でドラゴンを絶命させる。
「はぁ……疲れちゃった」
狩りの続きは今度にしよう。軽い口調でぼやき、黒髪の青年は空を見上げる。太陽が閉ざされた曇り空は、それでも明るい。久しぶりの地上の空気を思い切り吸い込み、鉄錆た臭いに唇を舐めた。
「思ったよりこの体、使い勝手が悪い。早く代わりを見つけなきゃ」
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