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第9章 支配者の見る景色
281.取捨選択は勝者の采配ひとつ
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気が向いたので、周囲に治癒魔法を散らしておく。内臓をぶちまけた男も、後から追いつくだろう。腕を治した男の後を追う気分はよかった。
ひとつ角を曲がれば行き止まりだ。追い詰められた女は魅了眼の指輪をかざした。今まで、その指輪で窮地を切り抜け、王妃の座についたのだ。そう思わせるだけの、慣れた所作だった。
「不愉快だ」
女の考えはお見通しだった。オレにこの男を嗾け、その間に逃げようと目論んでいる。作戦と呼ぶのも痴がましい、愚かな方法だ。だが上手くいくと信じている女の、その傲慢な笑みを砕いてやるのも一興か。
指先で女の指輪を示す。魔力を込める必要もなかった。赤い瞳が指輪と視線を交わした瞬間、魅了眼は自ら砕け散る。乾いた音を立ててヒビが広がり、琥珀の欠片が地面に落ちた。
「え? 嘘、なんで」
驚きに挙動不審となった王妃が、慌てて落ちた欠片に手を伸ばす。命を自ら放棄した魅了眼は、ただの琥珀のように物言わぬ物体だった。王妃の行動の意味を知らない男は、屈んだ女の顔を蹴り上げた。
「ぶふっ……うぐ」
女性には手を上げてはならない。それは人間社会が勝手に作り上げたルールだ。魔族には適用されず、またこの女を女性と称するには無理があった。保身が強い身勝手な生き物でしかない。庇う義務も義理も感じなかった。
「くそっ! お前らのせいで、国が……家族がどんな目に遭ったか」
鼻血で汚れた女に、もう王妃の威厳はない。ただの薄汚れた裏路地に転がる鼠だった。歯が折れて声も出ず涙や鼻水を垂らす女の手を跳ね除け、男は数発殴ると拳を収めた。後ろで見ていたオレが尋ねる。
「もう、良いのか?」
殺さなくていいかと尋ねた意味を汲み取り、振り返った男は泣きそうな顔で無理やり笑った。それから近付いて丁寧に頭を下げる。
「あんたのおかげで、あいつを殴れた。ありがとう。親友の仇も取れた」
満足したと告げる男へ、右手を伸ばした。黒い手袋に覆われた手を、彼はじっと見つめる。
「恩に感じるなら返せ。魔王の下で働く気はあるか」
断れない状況に見えるが、この手を払われても攻撃する意思はない。だから右手を差し出した。武器を持っていないと示したオレの手から腕を辿り、顔を見てから男はごくりと唾を飲んだ。
「役に、立つなら」
それだけ告げて頷く。後ろから近づく気配に、にやりと笑った。顎で後ろをしゃくって示す。駆け寄るのは、王妃の持つブレスレットの風の魔石により腹を裂かれた男だった。無精髭が伸びた男は、まだよろめきながらも走ってくる。生きていた親友の姿に、感動した男が涙を零す。
治癒後で強張る不自由な体で、互いの生存を確かめようと足を引き摺る。そんな感動の場面の裏で、オレはひとつ仕事をこなした。
王妃を生かす意味がない。ならば後顧の憂いを断つのは、魔族の戦の掟だった。逃せばいつか害をなす。本人でなく子孫であっても、恨みはいつまでも受け継がれるのだから。
彼女の腕にあるブレスレットの魔石に、受け入れられない量の魔力を注ぐ。暴走して砕ける魔石が、最後の風を撒き散らした。最も近くにいる獲物を、細切れに切り刻み……砕けた魔石は沈黙した。
ひとつ角を曲がれば行き止まりだ。追い詰められた女は魅了眼の指輪をかざした。今まで、その指輪で窮地を切り抜け、王妃の座についたのだ。そう思わせるだけの、慣れた所作だった。
「不愉快だ」
女の考えはお見通しだった。オレにこの男を嗾け、その間に逃げようと目論んでいる。作戦と呼ぶのも痴がましい、愚かな方法だ。だが上手くいくと信じている女の、その傲慢な笑みを砕いてやるのも一興か。
指先で女の指輪を示す。魔力を込める必要もなかった。赤い瞳が指輪と視線を交わした瞬間、魅了眼は自ら砕け散る。乾いた音を立ててヒビが広がり、琥珀の欠片が地面に落ちた。
「え? 嘘、なんで」
驚きに挙動不審となった王妃が、慌てて落ちた欠片に手を伸ばす。命を自ら放棄した魅了眼は、ただの琥珀のように物言わぬ物体だった。王妃の行動の意味を知らない男は、屈んだ女の顔を蹴り上げた。
「ぶふっ……うぐ」
女性には手を上げてはならない。それは人間社会が勝手に作り上げたルールだ。魔族には適用されず、またこの女を女性と称するには無理があった。保身が強い身勝手な生き物でしかない。庇う義務も義理も感じなかった。
「くそっ! お前らのせいで、国が……家族がどんな目に遭ったか」
鼻血で汚れた女に、もう王妃の威厳はない。ただの薄汚れた裏路地に転がる鼠だった。歯が折れて声も出ず涙や鼻水を垂らす女の手を跳ね除け、男は数発殴ると拳を収めた。後ろで見ていたオレが尋ねる。
「もう、良いのか?」
殺さなくていいかと尋ねた意味を汲み取り、振り返った男は泣きそうな顔で無理やり笑った。それから近付いて丁寧に頭を下げる。
「あんたのおかげで、あいつを殴れた。ありがとう。親友の仇も取れた」
満足したと告げる男へ、右手を伸ばした。黒い手袋に覆われた手を、彼はじっと見つめる。
「恩に感じるなら返せ。魔王の下で働く気はあるか」
断れない状況に見えるが、この手を払われても攻撃する意思はない。だから右手を差し出した。武器を持っていないと示したオレの手から腕を辿り、顔を見てから男はごくりと唾を飲んだ。
「役に、立つなら」
それだけ告げて頷く。後ろから近づく気配に、にやりと笑った。顎で後ろをしゃくって示す。駆け寄るのは、王妃の持つブレスレットの風の魔石により腹を裂かれた男だった。無精髭が伸びた男は、まだよろめきながらも走ってくる。生きていた親友の姿に、感動した男が涙を零す。
治癒後で強張る不自由な体で、互いの生存を確かめようと足を引き摺る。そんな感動の場面の裏で、オレはひとつ仕事をこなした。
王妃を生かす意味がない。ならば後顧の憂いを断つのは、魔族の戦の掟だった。逃せばいつか害をなす。本人でなく子孫であっても、恨みはいつまでも受け継がれるのだから。
彼女の腕にあるブレスレットの魔石に、受け入れられない量の魔力を注ぐ。暴走して砕ける魔石が、最後の風を撒き散らした。最も近くにいる獲物を、細切れに切り刻み……砕けた魔石は沈黙した。
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