274 / 438
第9章 支配者の見る景色
272.ゲーム盤の果てに何があるか
しおりを挟む
暗い場所で闇が育つ。ぞろりと目を動かし、何もない暗闇を映した瞳が瞬いた。漆黒の闇そのもの、瞳も髪も黒く肌は褐色に近い。その肌を縛るように、絹糸が絡み付いていた。艶のある黒が絡まる。
同化しかけの闇を指先でなぞり、黒い生き物は嗤った――僕が作った駒を壊すのは誰? まだ終わらない血の饗宴を、終息させようとする者がいる。長引かせて、大地に血を染み渡らせてよ。でないと僕を縛るこの髪が解けない。
絹糸に見える拘束は、誰かの艶やかな黒髪だった。命をかけて作った拘束の隙間を縫い、少しずつ地上に干渉する。徐々に狂わせたのに、あと少しなのに。
呻く人影が漆黒の闇を睨み付けた。このまま封じられ終わる気はない。消滅なんてしない。必ず隙間を見つけて、そとへ出る。純粋で強い意志がじわりと闇を侵食した。
広げた地図を前に、オレは奇妙な空白に気付いた。巧妙に隠された小さな穴だ。
バシレイアの位置から上に移動しグリュポス、右に移動すればテッサリア、その上はキララウスがあった山脈、下に降りてユーダリル、イザヴェルが続く。さらに指を動かしてビフレスト、砂漠と荒野を挟んで、再びバシレイアに戻った。左には魔族が住む森と山脈だ。
中央に砂漠と荒野があるが、横断する形で大河が流れる。この中央の空白地が砂漠となる原因も理由も見当たらなかった。アガレスに申し付けた天候の記録を見ても、この砂漠に雨が降った記録はある。草原であってもおかしくないのだ。
この世界に関して、奇妙な点はまだあった。世界が違うから、同じ常識が当てはまるとは限らない。それでも周辺の常識を当て嵌めると、妙だった。
「この世界に海はなく、果てがあるのか」
まるでゲーム盤だ。平らな板の上に並べた駒を覗き込んだように感じた。前の世界は球体で、前進し続け同じ場所に戻ることが出来る。この世界の果てに当たる山脈の向こう側は、一切の情報がなかった。
バシレイアや人間の国が知らないだけか? そう考えてアルシエルに尋ねたが、彼も山脈の向こうを知らなかった。それどころか、山頂が世界の終わりだと気付いていない。
魔王の側近になる魔族が、己の世界の大きさすら見誤り、その違和感を覚えないことが異常だった。指摘され、初めてアルシエルは動揺する。
一度も疑ったことがなかったと呟き、食い入るように地図を眺めて唸った。世界観が覆る衝撃に、すぐ発したのは予想通りの言葉だ。
「山頂の向こうを確かめよう」
許可を出し、彼の自由にさせた。それが昨日のこと……執務机の上に広げた地図の一角を指差す。
「ここだ」
アルシエルと主従関係を結んだオレは、彼の居場所がある程度絞れた。呼びかけに答えず、しかし頂上から動かない。動けない可能性を考慮し、種族をバラして捜索隊を組んだ。
「連れ帰れ」
気を付けろと注意する必要はない。頷いたメンバーの表情は覚悟と心配を滲ませていた。アナトとバアル、ウラノス、ヴィネ、オリヴィエラだ。指揮を取るのはアースティルティトだった。
黒竜王アルシエルに干渉するなら、同種のリリアーナは危険だと残した。不満そうにしながらも、彼女は素直に頷く。まだ未熟なクリスティーヌは、後方支援として通信を担当する。
「行ってまいりますわ」
一礼して魔族を引き連れて消える吸血鬼を見送り、まだ本調子に戻らないオレは椅子に腰掛ける。足元に侍る形で床に座ったリリアーナが、心配だと金の瞳を瞬いた。
同化しかけの闇を指先でなぞり、黒い生き物は嗤った――僕が作った駒を壊すのは誰? まだ終わらない血の饗宴を、終息させようとする者がいる。長引かせて、大地に血を染み渡らせてよ。でないと僕を縛るこの髪が解けない。
絹糸に見える拘束は、誰かの艶やかな黒髪だった。命をかけて作った拘束の隙間を縫い、少しずつ地上に干渉する。徐々に狂わせたのに、あと少しなのに。
呻く人影が漆黒の闇を睨み付けた。このまま封じられ終わる気はない。消滅なんてしない。必ず隙間を見つけて、そとへ出る。純粋で強い意志がじわりと闇を侵食した。
広げた地図を前に、オレは奇妙な空白に気付いた。巧妙に隠された小さな穴だ。
バシレイアの位置から上に移動しグリュポス、右に移動すればテッサリア、その上はキララウスがあった山脈、下に降りてユーダリル、イザヴェルが続く。さらに指を動かしてビフレスト、砂漠と荒野を挟んで、再びバシレイアに戻った。左には魔族が住む森と山脈だ。
中央に砂漠と荒野があるが、横断する形で大河が流れる。この中央の空白地が砂漠となる原因も理由も見当たらなかった。アガレスに申し付けた天候の記録を見ても、この砂漠に雨が降った記録はある。草原であってもおかしくないのだ。
この世界に関して、奇妙な点はまだあった。世界が違うから、同じ常識が当てはまるとは限らない。それでも周辺の常識を当て嵌めると、妙だった。
「この世界に海はなく、果てがあるのか」
まるでゲーム盤だ。平らな板の上に並べた駒を覗き込んだように感じた。前の世界は球体で、前進し続け同じ場所に戻ることが出来る。この世界の果てに当たる山脈の向こう側は、一切の情報がなかった。
バシレイアや人間の国が知らないだけか? そう考えてアルシエルに尋ねたが、彼も山脈の向こうを知らなかった。それどころか、山頂が世界の終わりだと気付いていない。
魔王の側近になる魔族が、己の世界の大きさすら見誤り、その違和感を覚えないことが異常だった。指摘され、初めてアルシエルは動揺する。
一度も疑ったことがなかったと呟き、食い入るように地図を眺めて唸った。世界観が覆る衝撃に、すぐ発したのは予想通りの言葉だ。
「山頂の向こうを確かめよう」
許可を出し、彼の自由にさせた。それが昨日のこと……執務机の上に広げた地図の一角を指差す。
「ここだ」
アルシエルと主従関係を結んだオレは、彼の居場所がある程度絞れた。呼びかけに答えず、しかし頂上から動かない。動けない可能性を考慮し、種族をバラして捜索隊を組んだ。
「連れ帰れ」
気を付けろと注意する必要はない。頷いたメンバーの表情は覚悟と心配を滲ませていた。アナトとバアル、ウラノス、ヴィネ、オリヴィエラだ。指揮を取るのはアースティルティトだった。
黒竜王アルシエルに干渉するなら、同種のリリアーナは危険だと残した。不満そうにしながらも、彼女は素直に頷く。まだ未熟なクリスティーヌは、後方支援として通信を担当する。
「行ってまいりますわ」
一礼して魔族を引き連れて消える吸血鬼を見送り、まだ本調子に戻らないオレは椅子に腰掛ける。足元に侍る形で床に座ったリリアーナが、心配だと金の瞳を瞬いた。
0
お気に入りに追加
1,029
あなたにおすすめの小説
【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。
帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。
しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。
自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。
※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
【完結】彼女以外、みんな思い出す。
❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。
幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。
はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>
ラララキヲ
ファンタジー
フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。
それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。
彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。
そしてフライアルド聖国の歴史は動く。
『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……
神「プンスコ(`3´)」
!!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!!
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇ちょっと【恋愛】もあるよ!
◇なろうにも上げてます。
~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます
無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。
【完結】魔法は使えるけど、話が違うんじゃね!?
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「話が違う!!」
思わず叫んだオレはがくりと膝をついた。頭を抱えて呻く姿に、周囲はドン引きだ。
「確かに! 確かに『魔法』は使える。でもオレが望んだのと全っ然! 違うじゃないか!!」
全力で世界を否定する異世界人に、誰も口を挟めなかった。
異世界転移―――魔法が使え、皇帝や貴族、魔物、獣人もいる中世ヨーロッパ風の世界。簡易説明とカミサマ曰くのチート能力『魔法』『転生先基準の美形』を授かったオレの新たな人生が始まる!
と思ったが、違う! 説明と違う!!! オレが知ってるファンタジーな世界じゃない!?
放り込まれた戦場を絶叫しながら駆け抜けること数十回。
あれ? この話は詐欺じゃないのか? 絶対にオレ、騙されたよな?
これは、間違った意味で想像を超える『ファンタジーな魔法世界』を生き抜く青年の成長物語―――ではなく、苦労しながら足掻く青年の哀れな戦場記録である。
【注意事項】BLっぽい表現が一部ありますが、BLではありません
(ネタバレになるので詳細は伏せます)
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
2019年7月 ※エブリスタ「特集 最強無敵の主人公~どんな逆境もイージーモード!~」掲載
2020年6月 ※ノベルアップ+ 第2回小説大賞「異世界ファンタジー」二次選考通過作品(24作品)
2021年5月 ※ノベルバ 第1回ノベルバノベル登竜門コンテスト、最終選考掲載作品
2021年9月 9/26完結、エブリスタ、ファンタジー4位
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる