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第9章 支配者の見る景色

271.子猫の威嚇はなんと微笑ましいことか

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 リリアーナは焼き菓子をひとつ口に放り込み、目の前に並ぶ女性達を見回す。魔王サタンを取り巻く彼女らを、黒竜の娘は真剣に分類した。

 ククルとアナトは自ら宣言して戦線離脱、バアルは雄なので除外。クリスティーヌはどうやら兄や父に懐く感覚に近い気がする。残ったのはロゼマリア、オリヴィエラだった。

 胸が大きく女性らしいスタイルで何度も言い寄ったオリヴィエラだが、サタンの信頼は遠い。正妻はないだろう。ロゼマリアは優しくて可愛い。丁寧に礼儀作法を教えてくれる優しい性格だけど、彼女は人間だった。どうしたって魔王の正妻は務まらない。

 魔王の正妻が魔族でなくてはならない法はない。だが寿命の問題で人間は一夏の蝶だった。ロゼマリアが選ばれたとしても、100年もしないうちに死んでしまう。ほっとしながら、リリアーナはお茶に口をつけた。

「報告が終わった」

 硬い口調で軍服姿の美女が合流する。緑化を命じられて完遂したアースティルティトに、リリアーナは複雑な気持ちで隣の椅子を進めた。礼をいって腰掛ける仕草が優雅で、さらりと流れる黒髪も美しい。何よりサタンと同じ色なのが羨ましかっった。

 自分の金髪だって艶があるし、いつも撫でてもらってる。意味のわからない対抗心が、心の中で膨らんだ。

「どうした?」

 具合でも悪いのか。目敏く気づいて、機嫌が下降したリリアーナに首をかしげる。整った顔に微笑を浮かべ、白い指がそっと伸ばされた。跳ね除けそうになり、慌てて指先を握り込む。

 ダメだ、正妻に相応しい態度でいなくては。彼女は魔王の側近で、目上の実力者だった。サタンの信頼厚く、見た目も性格も申し分ない。一番危険な相手だからこそ、絶対に隙を見せたりしない。

 毛を逆立てて威嚇する子猫のようで、可愛いな。まだ少女だが、黒竜としての実力を発現し始めたリリアーナは、金の魅了眼を無自覚に煌めかせる。触れるなと全身で叫ぶくせに、実際に触れると目を細めた。まるで警戒心の強い野生の小動物のようだ。ドラゴンに対して失礼かもしれないが、可愛いと再度認識した。

 アースティルティトが紫眼を細めて口元を緩める姿に、向かいのククルが肘をついて焼き菓子を齧る。

「気に入ったんだ……」

「昔からそうじゃない」

 ククルが気の毒そうに呟くと、アナトが肩を竦める。すれ違う気持ちは外から見ると一目瞭然、しかし当事者同士は真剣にすれ違っていた。

 可愛がりたいアースティルティトに対し、リリアーナは敵対心を滲ませる。

「一度噛みつけば解決する」

 誤解は当事者が解くのが一番。バアルはひとつ欠伸をして、隣のアナトに甘えた。半身である双子神を撫でるアナトが、つられて欠伸をひとつ。

「この世界って平和すぎるわ」

「うん」

 同意したククルが、お茶を飲み干してカップを戻した。慣れた所作でお茶を足すロゼマリアがくすりと笑う。

「夜は雨かしらね」

 空を見上げたオリヴィエラが呟く。青空の半分は灰色の雲に覆われつつあった。 
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