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第9章 支配者の見る景色

247.敵が来るのはここだよ

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 黒竜王アルシエルが娘を凝視して、慌てて目を逸らした。足元を見る目がさまよい、混乱を露わにする。クリスティーヌがきょとんとした顔でウラノスに尋ねた。

「何がいけないの?」

 クリスティーヌは何も違和感を感じていない。驚いて一瞬思考が停止する衝撃を受けたが、ひとつ息をついて気持ちを落ち着かせた。リリアーナは尻尾でびたんと床を叩きながら、僅かに首をかしげる。

「この城に残る、のか?」

「うん。だって攻めてくるもん」

 敵が攻めてくるのは、バシレイアの王城だ。ここに魔王サタンがいる限り、人間は頂点目指して必死に足掻くと言い切り、ドラゴンは己の尻尾を引き寄せた。近づいたロゼマリアが「それでいいの?」と重ねて問う意味が分からず、リリアーナは不思議そうな顔をする。

「敵が来るのはここだよ」

 リリアーナの中で、一番激しい戦場となるのはバシレイアの城近くだと直感が告げる。その直感に従って生き延びた彼女は、己を疑うことなく宣言した。

「……川、ですか」

 アガレスが気づいた。オレと同じ結論にたどり着いたのは、アガレスだけでなくマルファスとウラノスも同じだ。ばさりと広げた地図を空中に固定する。覗き込んだアナト達も気づいて目を細めた。

 バシレイアの真横を流れる大きな川は、周辺に恵みをもたらすと同時に敵も呼び込む。流れとはそういう性質を持つものだった。

 大河が氾濫して人死を出し穢れを運ぶ。同時に氾濫によって土地を富ませ、新たな肥料や種を運ぶのだ。どちらも同じ川の流れであり、滞ることのない大地の意思だった。

 具体的な敵の動きを知らずとも、リリアーナは本能に近い部分で判断している。川を伝って現れる敵は、この城を目指すのだと。その手前で迎え撃つには、城に篭るのが一番の近道だった。

「ユーダリルか、イザヴェルの残党か」

 王城と王都の住民は排除したが、イザヴェルは広大な領土を持った軍事国家だ。頭を潰したことで、手足が動き出す可能性がある。具体例を挙げるなら、辺境伯や地方領主だ。彼らは辺境を守り、王都に近づく敵を排除するための防波堤だった。それなりの戦力を有している。

 波紋のように外側に行くほど敵と遭遇する確率が高い。地形を利用して陣形を築いたイザヴェルだが、転移でピンポイントに王城を攻められたのは予想外だった。リリアーナ達の教育を兼ねた戦場は勝利をもって締め括られたが、国を囲む砦や辺境伯の領地は手付かずなのだ。

 彼らの戦力も、備蓄も、民も残した。アナトとバアルが参戦する予定はなく、王都からの難民を受け入れる器として残した。それが仇となった形だ。

 ユーダリルも多少の痛手を負ったものの、兵を引きあげ撤退したため、兵力のほとんどは温存されていた。軍事国家として略奪を国是として成長したユーダリルが、このまま手を引くのは考えづらい。

 アガレスの淡々とした説明に、ウラノスも情報を足していく。出来上がった構図に、リリアーナは興味がないらしい。欠伸をして階段を上り、足元でぺたんと座り込んだ。

「先手を打たれますか?」

 マルファスが尋ねる声に、オレは口元に笑みを浮かべて首を横に振った。
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