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第8章 強者の元に集え
229.あの方はこの世界に望まれた
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白薔薇が揺らした城は崩れゆく。炎に包まれ、美しい紅蓮の輝きに命を散らした。残されし王は白薔薇の幻想に貫かれ、豊かな地を汚した血筋は流れて飲み込まれる。我が王を讃えよ、大地の精霊の望むまま……世界は滅びと再生を繰り返す。
甲高い声で歌いながら、レーシーはアナトの青い髪を撫でる。抱き寄せて膝に座らせたアナトは、兄バアルへ膝枕をしていた。苦しむ半身の痛みを分かち合い、レーシーが注ぐ温かな魔力を流し込む。歌う時が一番高まる魔力は、色があるとしたら夕日の色だろうか。
「ありがと」
ぼそっと礼を言うと、驚いたようにレーシーは歌を止めた。だが淡く微笑みを浮かべ、再び不吉な言葉を乗せた繊細な旋律を奏でる。
望まれたのは最強の力を持つ王――傷つけられ搾取された大地の嘆きを救い、失われた地力を補うもの。水は上から下へ、王に逆らうことはない。東から西へ吹く風が、新たな王の誕生を祝い歌を広める。さあ、残された火は誰の手に。
予言に似た歌は、神族であるアナトにとって親しみのある呪歌だ。海ならばローレライ、地上ならレーシー。どちらも予言は女性の領分だった。己の腹で育み、子を産む。生命力の神秘が呼び寄せる奇跡のひとつとして、予言は胎を持つ者の専売特許なのだ。
「その歌、すごく綺麗ね」
褒めるとレーシーは僅かに頭を縦に動かした。彼女の予言は、おそらく魔王シャイターンを歌ったものだろう。
手紙のやり取りができた時の感動と、内容を思い浮かべる。
「バアルは覚えてる? シャイターン様を召喚したのは、勇者と間違えたって話」
青ざめた兄の頬を両手で温めながら、アナトは上から覗き込んだ。真っ直ぐに視線を合わせたまま、互いに意識を共有していく。
本来の神格を取り戻せれば、彼と彼女に言葉は不要になる。それでも神に戻りたいと思わないのは、拾った不器用な魔王についていこうと決めたから。あの世界に落とされたことを感謝し、奪われたことを呪い、新たな世界に呼ばれたことに歓喜した。
「あの方は、この世界に」
「望まれた」
間違えて召喚されたのではなく、淀んで濁った世界を清流に戻すために喚ばれたのだ。そこに人の意思が介在しようと、勇者召喚の理を歪めて魔王を強制召喚したのは――この世界そのものだ。
「こっちの世界は簡単そうだよ」
にっこり笑うアナトに、バアルもぎこちなく頬を緩めた。徐々に薄れていく怠さはあと数日で消えるだろう。そうしたら、アースティルティトを復活させる提案をしよう。彼女がいれば、世界なんていつでも手に入る。
「もう少ししたら、レーシーの歌を翻訳してシャイターン様に伝えなくちゃ」
あと少しだけ、このまま心地よい温もりの中に微睡みたくて、アナトはそう呟いた。目を伏せた彼女の耳に、少女の声が届く。
「私が伝える」
銀と緑のオッドアイを開けば、映ったのは黒髪の吸血鬼だった。何かの種族とのハーフだろう。アースティルティトほどの強さはない。魅了もさほど受け継いでいないようだった。これでは餌を獲るのも苦労したんじゃないかな。そう心で呟き、クリスティーヌへ頷く。
伝言を真剣に聞く彼女の指に、シャイターンが所有していた指輪を見つけた。拾った時に与えたのだとしたら、脅していると勘違いされるような無愛想な態度で差し出したのだろう。想像したら表情は自然と和らいだ。
甲高い声で歌いながら、レーシーはアナトの青い髪を撫でる。抱き寄せて膝に座らせたアナトは、兄バアルへ膝枕をしていた。苦しむ半身の痛みを分かち合い、レーシーが注ぐ温かな魔力を流し込む。歌う時が一番高まる魔力は、色があるとしたら夕日の色だろうか。
「ありがと」
ぼそっと礼を言うと、驚いたようにレーシーは歌を止めた。だが淡く微笑みを浮かべ、再び不吉な言葉を乗せた繊細な旋律を奏でる。
望まれたのは最強の力を持つ王――傷つけられ搾取された大地の嘆きを救い、失われた地力を補うもの。水は上から下へ、王に逆らうことはない。東から西へ吹く風が、新たな王の誕生を祝い歌を広める。さあ、残された火は誰の手に。
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「その歌、すごく綺麗ね」
褒めるとレーシーは僅かに頭を縦に動かした。彼女の予言は、おそらく魔王シャイターンを歌ったものだろう。
手紙のやり取りができた時の感動と、内容を思い浮かべる。
「バアルは覚えてる? シャイターン様を召喚したのは、勇者と間違えたって話」
青ざめた兄の頬を両手で温めながら、アナトは上から覗き込んだ。真っ直ぐに視線を合わせたまま、互いに意識を共有していく。
本来の神格を取り戻せれば、彼と彼女に言葉は不要になる。それでも神に戻りたいと思わないのは、拾った不器用な魔王についていこうと決めたから。あの世界に落とされたことを感謝し、奪われたことを呪い、新たな世界に呼ばれたことに歓喜した。
「あの方は、この世界に」
「望まれた」
間違えて召喚されたのではなく、淀んで濁った世界を清流に戻すために喚ばれたのだ。そこに人の意思が介在しようと、勇者召喚の理を歪めて魔王を強制召喚したのは――この世界そのものだ。
「こっちの世界は簡単そうだよ」
にっこり笑うアナトに、バアルもぎこちなく頬を緩めた。徐々に薄れていく怠さはあと数日で消えるだろう。そうしたら、アースティルティトを復活させる提案をしよう。彼女がいれば、世界なんていつでも手に入る。
「もう少ししたら、レーシーの歌を翻訳してシャイターン様に伝えなくちゃ」
あと少しだけ、このまま心地よい温もりの中に微睡みたくて、アナトはそう呟いた。目を伏せた彼女の耳に、少女の声が届く。
「私が伝える」
銀と緑のオッドアイを開けば、映ったのは黒髪の吸血鬼だった。何かの種族とのハーフだろう。アースティルティトほどの強さはない。魅了もさほど受け継いでいないようだった。これでは餌を獲るのも苦労したんじゃないかな。そう心で呟き、クリスティーヌへ頷く。
伝言を真剣に聞く彼女の指に、シャイターンが所有していた指輪を見つけた。拾った時に与えたのだとしたら、脅していると勘違いされるような無愛想な態度で差し出したのだろう。想像したら表情は自然と和らいだ。
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