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第8章 強者の元に集え

221.犠牲にする覚悟の違い

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「ぎりぎりでしたな」

 黒竜王アルシエルの発言の意味を捉えかね、眉をひそめる。彼は勘違いをしているのではないか。そう感じて先を促せば、アルシエルは斜め後ろを歩きながら話を続けた。

「ウラノス殿が早々に折れてくれて助かりました。クリスティーヌ殿を傷つけるおつもりは、なかったのでしょう?」

 そういう意味か。彼の言いたいことを理解した途端、おかしくなって笑いが口をつく。この男もこの程度だったらしい。いや、この世界自体が甘いのだ。長い年月をかけて先代の魔王を排除し、戦い続けて地位を得たオレから見て、魔族も人間も考えが甘かった。覚悟もない。

 配下になる意味を庇護対象になったと考えたのなら、大きな間違いだった。配下とは手足だ。必要とするとき、手足を惜しんで命を散らすバカはいない。クリスティーヌであっても、リリアーナでもあっても、それは同じだった。実際にオレの腕で済むなら、切り落としても構わない。その覚悟が彼らには欠けていた。

「口を割らねば、クリスティーヌを引き裂いた」

 そこに迷いはない。かつての部下を優遇するという類の話でもなかった。優先順位の問題だ。配下に入れた以上、彼女らを育てて庇護するのはオレの役割だ。同時にオレのために命を捨て、手足を差し出すのが彼女らの役目だった。

「今回は必要なかっただけのこと」

 運が良かった。そう告げて歩く後ろに、ついてくる足音はない。アースティルティトがいたなら、この世界の甘さを嘲笑しただろうか。

 駆け寄る足音に振り返れば、黒竜王は青ざめながらも斜め後ろに控えた。この世界は全体に弱く、脆く、甘い。魔族も人間も、残酷さの意味を理解していない。

 地下牢から出たオレは、真っ直ぐにアナトの部屋へ向かっていた。ウラノスから奪った魔法陣を試すためだ。これで回復せねば、異世界とのつながりを完全に断つ覚悟だった。

 側近として常に支えた部下を全員捨てる。この世界を立て直し、やがて本当のオレや過去を知らぬ者ばかりの大地に骨を埋めるだろう。長寿種族ゆえに長く生きるが、戻れぬと聞いた時点で覚悟は出来ていた。

「アナト」

 ベッドで横たわる配下の名を呼ぶ。覚悟があるか、命を預けられるか。尋ねる必要はない。その程度の覚悟なくして、我が配下を名乗れないのだから。先代に追われて逃げた数千年を共に戦い抜いた戦友は、幼く見える顔を笑みで彩った。

「いいよ、全部あげる」

 いつだったか。過酷な戦場を抜けた時、アナトが口にした言葉と同じだ。失敗する可能性があると知りつつ、彼女は笑顔を作った。配下となったあの日に見せた覚悟を、アナトは再び繰り返した。

「笑顔だけ、覚えていて」

「受け取ろう」

 そのまま目を閉じた彼女の上に、魔法陣を展開する。仮死から戻す際に足りなかった分を注ぐため、オレは集中して魔力を解き放った。
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