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第7章 踊る道化の足元は
189.将軍程度か、随分舐められたものだ
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「国王に用がある」
出てこられないのを承知でそう告げると、衛兵の後ろから一際鍛えた体躯の男が現れた。顔と首に大きな傷のある男の軍服に飾られた勲章が、この男の正体を物語る。
「将軍のジャックだ。用件は俺が聞く」
肩書きを省略し、国王の代理を申し出るとは随分舐められたものだ。せめて王太子や王妃程度の肩書があれば話を聞けるが、一軍人ごときが対応してよい案件ではない。先にグリフォンが実力を示したことが警告にならないのであれば、この国に価値はなかった。
驕り高ぶり失態から学ばない。そのような国家を残す意味はない。街の上を通り抜けた際の反応を見ても、国民の末端に至るまで使い物にならないと思われた。
「リリアーナ」
心得たドラゴンは、言葉を話さずに「ぐるる」と喉を鳴らすに留めた。ドラゴン姿で威嚇しろと命じられたため、どこまでも人間の敵で押し通すらしい。好ましい反応に、突き出された鼻先を撫でる。手袋越しだが、満足そうにリリアーナが金の瞳を細めた。
この場に下りてからリリアーナの透明の瞼は瞳を守っている。それを知らぬ愚かな人間の放つ矢が、ひゅんと甲高い音で飛んだ。グリフォンの爪を防ぐ強い膜は、金属音を立てて矢を弾く。外の瞼を閉じることもしないリリアーナの尻尾が振られ、庭の木の陰から矢を射った男を叩いた。
「大した持て成しよ」
くつりと喉を鳴らして笑うと、怒りに顔を赤くした将軍が叫んだ。
「この者らを殺せ!」
庭の木ごと吹き飛ばされた愚か者が、血を吐いて動かなくなる。怯えた様子で、それでも上司の命令に従い矢の穂先を収めぬ衛兵を睥睨し、リリアーナに命じた。
「構わぬ、処分しろ」
殺せと命じる必要はなかった。彼女の裁量に委ねるのが、よい君主の命じ方だ。詳細に命じられれば、その分だけ部下の裁量を奪うことになる。結果としてオレが求めるのは、この目障りな虫の処分だ。その方法を細かに指定する必要はなかった。
「あっ、獲物……」
リリアーナの尻尾に強打された男の血に指を咥え、クリスティーヌは羨ましそうにしていた。血が食料の吸血種にとって、目の前の惨劇は豪華な晩餐に映る。
「食べていい?」
「よかろう」
許可を求めたクリスティーヌに頷けば、大喜びで走っていく。いつも赤い血で汚す癖に、なぜか白い服を好むクリスティーヌが血を吐いた男の首に噛みついた。嬉しそうに頬を緩めて吸い上げ、すぐに男を放り出す。
死体からは血を吸わないのが吸血種のルールだった。吸血鬼の始祖であるアースティルティトに言わせれば、死体の血を体内に入れると老化するらしい。生命力を取り込む種族であるがゆえに、生命の絶えた獲物の血は使えない。体内から排出するにも消化するにも、己の体内エネルギーや魔力を代償とする必要があった。
ウラノスに教えられた通り、生きている間だけ血を吸って、虫の息で捨てる。繰り返す行為の残酷さは、彼女の理解の範囲外だろう。黒髪の少女が人外だと知り、慌てて逃げ出した男達も次々と牙を突き立てられ、ドラゴンに叩き潰された。
出てこられないのを承知でそう告げると、衛兵の後ろから一際鍛えた体躯の男が現れた。顔と首に大きな傷のある男の軍服に飾られた勲章が、この男の正体を物語る。
「将軍のジャックだ。用件は俺が聞く」
肩書きを省略し、国王の代理を申し出るとは随分舐められたものだ。せめて王太子や王妃程度の肩書があれば話を聞けるが、一軍人ごときが対応してよい案件ではない。先にグリフォンが実力を示したことが警告にならないのであれば、この国に価値はなかった。
驕り高ぶり失態から学ばない。そのような国家を残す意味はない。街の上を通り抜けた際の反応を見ても、国民の末端に至るまで使い物にならないと思われた。
「リリアーナ」
心得たドラゴンは、言葉を話さずに「ぐるる」と喉を鳴らすに留めた。ドラゴン姿で威嚇しろと命じられたため、どこまでも人間の敵で押し通すらしい。好ましい反応に、突き出された鼻先を撫でる。手袋越しだが、満足そうにリリアーナが金の瞳を細めた。
この場に下りてからリリアーナの透明の瞼は瞳を守っている。それを知らぬ愚かな人間の放つ矢が、ひゅんと甲高い音で飛んだ。グリフォンの爪を防ぐ強い膜は、金属音を立てて矢を弾く。外の瞼を閉じることもしないリリアーナの尻尾が振られ、庭の木の陰から矢を射った男を叩いた。
「大した持て成しよ」
くつりと喉を鳴らして笑うと、怒りに顔を赤くした将軍が叫んだ。
「この者らを殺せ!」
庭の木ごと吹き飛ばされた愚か者が、血を吐いて動かなくなる。怯えた様子で、それでも上司の命令に従い矢の穂先を収めぬ衛兵を睥睨し、リリアーナに命じた。
「構わぬ、処分しろ」
殺せと命じる必要はなかった。彼女の裁量に委ねるのが、よい君主の命じ方だ。詳細に命じられれば、その分だけ部下の裁量を奪うことになる。結果としてオレが求めるのは、この目障りな虫の処分だ。その方法を細かに指定する必要はなかった。
「あっ、獲物……」
リリアーナの尻尾に強打された男の血に指を咥え、クリスティーヌは羨ましそうにしていた。血が食料の吸血種にとって、目の前の惨劇は豪華な晩餐に映る。
「食べていい?」
「よかろう」
許可を求めたクリスティーヌに頷けば、大喜びで走っていく。いつも赤い血で汚す癖に、なぜか白い服を好むクリスティーヌが血を吐いた男の首に噛みついた。嬉しそうに頬を緩めて吸い上げ、すぐに男を放り出す。
死体からは血を吸わないのが吸血種のルールだった。吸血鬼の始祖であるアースティルティトに言わせれば、死体の血を体内に入れると老化するらしい。生命力を取り込む種族であるがゆえに、生命の絶えた獲物の血は使えない。体内から排出するにも消化するにも、己の体内エネルギーや魔力を代償とする必要があった。
ウラノスに教えられた通り、生きている間だけ血を吸って、虫の息で捨てる。繰り返す行為の残酷さは、彼女の理解の範囲外だろう。黒髪の少女が人外だと知り、慌てて逃げ出した男達も次々と牙を突き立てられ、ドラゴンに叩き潰された。
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