190 / 438
第7章 踊る道化の足元は
188.欲深い人間の醜さよ
しおりを挟む
空を悠々と舞うドラゴンの巨体は、ビフレストという大国に大きな影を落とした。かつて大陸一の大国と謳われ、様々な国を喰らってきた強者は初めて弱者の側に転落したのだ。
他国の侵略を退ける軍も、ドラゴン相手に勝ち目はない。圧倒的強者による攻撃がなされれば、砦はひとたまりもなかった。
「サタン様、攻撃する?」
届かないと承知で矢を射掛ける砦の上で旋回し、リリアーナはブレスの魔力を蓄える。いつでも打てると申し出る部下の首筋を叩いて、冷静に言い聞かせた。
「敵の対応次第だ。まだ我慢しろ」
「わかった」
以前なら拗ねただろうが、リリアーナは機嫌がいい。言葉に秘めた意味を間違いなく汲み取れたのだろう。大きく尻尾を振って向きを変えた黒竜は、砦の上を飛び越えてビフレスト国内に侵入した。
敵と称した以上、ビフレストという国は消滅させる。今はまだ早いが、我慢を強いた分、彼女に活躍の場を与えると告げた内容を、正確に聞き取ったらしい。
空の覇者ドラゴンを遮る人間はいない。空を見上げる国民に恐怖を与えつつ、リリアーナはゆっくりと舞った。高度を下げ、屋根にぶつかりそうな位置を飛ぶ。いくつか飛んできた矢を鱗で弾き、仕返しのように高い屋根をひとつ尻尾で叩き折った。
「リリアーナ」
これ以上の攻撃は無用だ。そう告げる声に、甲高い鳴き声で応えたドラゴンは、強く羽ばたいて王城の庭へ着地した。美しく整えられた噴水を踏みつぶしたため、周囲が水浸しだ。かつて彼女が壊した噴水を思い出し、口元が緩む。
「サタン様、わざとじゃない。怒った?」
ちょっと目算を誤っただけ。そう主張するリリアーナの背から飛び降りた。続いて巨大な蝙蝠がするりと人化した。頑張って変化の途中で服を羽織ったが、クリスティーヌは腕を出すのに失敗する。
首を出して困るクリスティーヌが、ごそごそと服を回して袖から腕を出した。成功したように見えたが、腕が再び引っ込む。亀のような仕草に、服の前後がおかしいことに気づいた。
溜め息をついて魔力で直してやると、嬉しそうに頬を赤くした。失敗が恥ずかしかったのか。愛玩動物のストレスに該当しなければいいと思いながら、黒髪を撫でてやった。
「私は?」
喉を鳴らすリリアーナに、もう少しドラゴンのままでいるよう命じた。こちらの戦力を見せつける方が話が早い。
「侵入者だ!」
「殺せ」
騒がしい衛兵の声に、マントを揺らして振り返る。途端に息をのんだ彼らは、用心深く槍の穂先を突きつけてきた。ドラゴンを従える人間がいるわけもなく、魔族だと判断したのは正しい。すでにオリヴィエラが舞い降りた事実も、影響していると思われた。
アースティルティト達に何度も指摘されたため、自分の顔が他人より整っている自覚はある。同性異性関係なく、初めて顔を合わせた者が息を飲む姿は、見慣れていた。
思ったより出迎えが少ない状況に、レーシーに命じた仕掛けが功を奏したと知る。
色狂いと化した国王フルカスは、愛妾が突然消えたことに混乱した。色に狂うと人の判断力は落ちる。己を引き摺り下ろそうとする者がいて、彼女はその者に奪われたと勘違いするのだ。
例えば、己の跡取りである王太子。妻である王妃、または優秀な宰相や将軍が愛妾を奪ったと思い込む。他者が嗜めても聞かない。人の欲求ほど根深い感情は、他になかった。
他国の侵略を退ける軍も、ドラゴン相手に勝ち目はない。圧倒的強者による攻撃がなされれば、砦はひとたまりもなかった。
「サタン様、攻撃する?」
届かないと承知で矢を射掛ける砦の上で旋回し、リリアーナはブレスの魔力を蓄える。いつでも打てると申し出る部下の首筋を叩いて、冷静に言い聞かせた。
「敵の対応次第だ。まだ我慢しろ」
「わかった」
以前なら拗ねただろうが、リリアーナは機嫌がいい。言葉に秘めた意味を間違いなく汲み取れたのだろう。大きく尻尾を振って向きを変えた黒竜は、砦の上を飛び越えてビフレスト国内に侵入した。
敵と称した以上、ビフレストという国は消滅させる。今はまだ早いが、我慢を強いた分、彼女に活躍の場を与えると告げた内容を、正確に聞き取ったらしい。
空の覇者ドラゴンを遮る人間はいない。空を見上げる国民に恐怖を与えつつ、リリアーナはゆっくりと舞った。高度を下げ、屋根にぶつかりそうな位置を飛ぶ。いくつか飛んできた矢を鱗で弾き、仕返しのように高い屋根をひとつ尻尾で叩き折った。
「リリアーナ」
これ以上の攻撃は無用だ。そう告げる声に、甲高い鳴き声で応えたドラゴンは、強く羽ばたいて王城の庭へ着地した。美しく整えられた噴水を踏みつぶしたため、周囲が水浸しだ。かつて彼女が壊した噴水を思い出し、口元が緩む。
「サタン様、わざとじゃない。怒った?」
ちょっと目算を誤っただけ。そう主張するリリアーナの背から飛び降りた。続いて巨大な蝙蝠がするりと人化した。頑張って変化の途中で服を羽織ったが、クリスティーヌは腕を出すのに失敗する。
首を出して困るクリスティーヌが、ごそごそと服を回して袖から腕を出した。成功したように見えたが、腕が再び引っ込む。亀のような仕草に、服の前後がおかしいことに気づいた。
溜め息をついて魔力で直してやると、嬉しそうに頬を赤くした。失敗が恥ずかしかったのか。愛玩動物のストレスに該当しなければいいと思いながら、黒髪を撫でてやった。
「私は?」
喉を鳴らすリリアーナに、もう少しドラゴンのままでいるよう命じた。こちらの戦力を見せつける方が話が早い。
「侵入者だ!」
「殺せ」
騒がしい衛兵の声に、マントを揺らして振り返る。途端に息をのんだ彼らは、用心深く槍の穂先を突きつけてきた。ドラゴンを従える人間がいるわけもなく、魔族だと判断したのは正しい。すでにオリヴィエラが舞い降りた事実も、影響していると思われた。
アースティルティト達に何度も指摘されたため、自分の顔が他人より整っている自覚はある。同性異性関係なく、初めて顔を合わせた者が息を飲む姿は、見慣れていた。
思ったより出迎えが少ない状況に、レーシーに命じた仕掛けが功を奏したと知る。
色狂いと化した国王フルカスは、愛妾が突然消えたことに混乱した。色に狂うと人の判断力は落ちる。己を引き摺り下ろそうとする者がいて、彼女はその者に奪われたと勘違いするのだ。
例えば、己の跡取りである王太子。妻である王妃、または優秀な宰相や将軍が愛妾を奪ったと思い込む。他者が嗜めても聞かない。人の欲求ほど根深い感情は、他になかった。
0
お気に入りに追加
1,032
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる