188 / 438
第7章 踊る道化の足元は
186.降参するも抵抗するも、選ばせてやろう
しおりを挟む
「ビフレストへ行く」
アナトがまだ眠っているため、動きたくない時期だ。しかし勝ち戦の機を逃すほど愚かな行為はない。彼女の世話をロゼマリアに任せた。暴れた時の対処策として、オリヴィエラも残す。
アナトが本気で戦うならグリフォンは敵にならないが、目覚めたばかりでそう無茶もしないだろう。バアルならやりかねないが……送り出したアースティルティトも、そのあたりを考慮しての人選と思われた。
「乗ってく?」
背中に乗れとリリアーナは無邪気に駆け寄った。何やら隠し事をしているようだ。左右に振る尻尾は感情に対して正直で、ついていきたいと全身で訴えてきた。転移で移動しても構わないが、脅威を目に見える形で示すのも悪くない。
「ああ」
了承を示してやれば、金の瞳を輝かせた。クリスティーヌはオレとリリアーナの顔を見比べ、どうしようか迷っている様子だ。女同士の話し合いの内容は知らないが、それが影響したのか。リリアーナの出方を窺えば、彼女は手招きした。
「リスティも一緒に!」
頷いて認めれば、オレの手を引っ張って庭へ飛び出した。塔跡地で竜化したリリアーナの背に跨ると、クリスティーヌは吸血鬼姿でしがみつく。以前に人化したまま抱き着いて落とされたため、学習したのだろう。落とした理由はよくわからぬが、風を遮る結界を張った。
「魔王陛下、まだ戦後処理の書類が出来ておりません!」
声を張り上げたアガレスへ、魔力で声を届ける。
「問題ない。戦場をひとつ片付けただけだ」
初戦は終わった。向こうはそう考えているだろう。犠牲者の数は彼らの考えを変える指標になり得ない。降参するも抵抗するも、彼らに選ばせてやろうではないか。
ここまで告げれば、アガレスも理解した様子で頷いた。グリュポスもそうだが、自らを特権階級であり平民とは違うと考える王侯貴族は、民がいくら損なわれても気にしない。数字で大きな損害が出たことを知るだけで、実感として理解しなかった。
まだ攻める気でいるだろう。農民を総動員して、同程度かそれ以上の兵力をかき集める。それによって働き手を失って苦しむ民の声を聞く気はなかった。ただ自らの虚栄心や征服欲を満足させる道具として、国民を扱う。
愚王フルカスはレーシーが落とした。ビフレストを解体するなら、今が好機だ。見栄で視野の狭い王族を排除し、媚を売るしか能がない貴族を捨てれば……残るのは勤勉な民であろう。もし使えぬ民なら滅ぼせばいい。驕り高ぶり、バシレイアを小国と侮る民ならば不要だ。
見極めを任せられる部下が育っていない現状、決裁権をもつ王が出向くのは理に適っている。さきほど、最後の手を打った。
ふらふらと庭から歩いてきたレーシーが、細い声で歌を歌う。聞く者が耳を塞ぐような、甲高く物悲しい響きの歌を――気がふさぎ込む歌を響かせた。ゆらりと向きを変えたレーシーの白い後ろ姿を見送り、オレはリリアーナに合図する。浮き上がるドラゴンは、全力でビフレストへ飛んだ。
荒野の大地はいたるところで赤いシミを残し、生臭さと鉄錆びた独特の死臭を漂わせる。疫病が流行る前に片付けるか。指先をぱちんと鳴らし、足元へ魔法を叩きつける。大地を揺らし、穢れを払うために裏返すような激しい変動を促した。
グリュポスのように森を育てる必要はない。死の臭いを纏う土地は、ゆっくりと地脈を引き寄せて実りを増やす。これから民が耕す土地を睥睨し、ドラゴンは進路を右へ取った。
アナトがまだ眠っているため、動きたくない時期だ。しかし勝ち戦の機を逃すほど愚かな行為はない。彼女の世話をロゼマリアに任せた。暴れた時の対処策として、オリヴィエラも残す。
アナトが本気で戦うならグリフォンは敵にならないが、目覚めたばかりでそう無茶もしないだろう。バアルならやりかねないが……送り出したアースティルティトも、そのあたりを考慮しての人選と思われた。
「乗ってく?」
背中に乗れとリリアーナは無邪気に駆け寄った。何やら隠し事をしているようだ。左右に振る尻尾は感情に対して正直で、ついていきたいと全身で訴えてきた。転移で移動しても構わないが、脅威を目に見える形で示すのも悪くない。
「ああ」
了承を示してやれば、金の瞳を輝かせた。クリスティーヌはオレとリリアーナの顔を見比べ、どうしようか迷っている様子だ。女同士の話し合いの内容は知らないが、それが影響したのか。リリアーナの出方を窺えば、彼女は手招きした。
「リスティも一緒に!」
頷いて認めれば、オレの手を引っ張って庭へ飛び出した。塔跡地で竜化したリリアーナの背に跨ると、クリスティーヌは吸血鬼姿でしがみつく。以前に人化したまま抱き着いて落とされたため、学習したのだろう。落とした理由はよくわからぬが、風を遮る結界を張った。
「魔王陛下、まだ戦後処理の書類が出来ておりません!」
声を張り上げたアガレスへ、魔力で声を届ける。
「問題ない。戦場をひとつ片付けただけだ」
初戦は終わった。向こうはそう考えているだろう。犠牲者の数は彼らの考えを変える指標になり得ない。降参するも抵抗するも、彼らに選ばせてやろうではないか。
ここまで告げれば、アガレスも理解した様子で頷いた。グリュポスもそうだが、自らを特権階級であり平民とは違うと考える王侯貴族は、民がいくら損なわれても気にしない。数字で大きな損害が出たことを知るだけで、実感として理解しなかった。
まだ攻める気でいるだろう。農民を総動員して、同程度かそれ以上の兵力をかき集める。それによって働き手を失って苦しむ民の声を聞く気はなかった。ただ自らの虚栄心や征服欲を満足させる道具として、国民を扱う。
愚王フルカスはレーシーが落とした。ビフレストを解体するなら、今が好機だ。見栄で視野の狭い王族を排除し、媚を売るしか能がない貴族を捨てれば……残るのは勤勉な民であろう。もし使えぬ民なら滅ぼせばいい。驕り高ぶり、バシレイアを小国と侮る民ならば不要だ。
見極めを任せられる部下が育っていない現状、決裁権をもつ王が出向くのは理に適っている。さきほど、最後の手を打った。
ふらふらと庭から歩いてきたレーシーが、細い声で歌を歌う。聞く者が耳を塞ぐような、甲高く物悲しい響きの歌を――気がふさぎ込む歌を響かせた。ゆらりと向きを変えたレーシーの白い後ろ姿を見送り、オレはリリアーナに合図する。浮き上がるドラゴンは、全力でビフレストへ飛んだ。
荒野の大地はいたるところで赤いシミを残し、生臭さと鉄錆びた独特の死臭を漂わせる。疫病が流行る前に片付けるか。指先をぱちんと鳴らし、足元へ魔法を叩きつける。大地を揺らし、穢れを払うために裏返すような激しい変動を促した。
グリュポスのように森を育てる必要はない。死の臭いを纏う土地は、ゆっくりと地脈を引き寄せて実りを増やす。これから民が耕す土地を睥睨し、ドラゴンは進路を右へ取った。
0
お気に入りに追加
1,032
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる