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第7章 踊る道化の足元は
183.見よ、真実は狂者の瞳にある
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戦果を聞く予定だった。そのために集まった王侯貴族は顔色を失い、呆然と報告を聞き流す。右から左へ頭の中を抜ける報告が終わり、謁見の間に沈黙が落ちた。
隣の大広間は、戦勝祝いの宴を用意させていた。準備の音が響くのは、それだけ謁見の間に落ちた沈黙が長いせいだろう。
報告を担当する兵士は、早馬を乗り継いで情報を伝えた。各都市に用意された馬を繋ぎ、必死で『全滅』の知らせを持ち帰ったのだ。片膝をついた彼の疲労は激しく、報告を終えた途端に倒れた。その姿もまた、負けたことを強く印象付ける。
「……そのような、ことが」
「イザヴェル国の兵も合わせ、三万超えですぞ」
「負けるわけがない」
「私は反対した」
「賠償はどうするのですか!」
「そもそも、私は戦争なんて」
現実を信じられない貴族の口から漏れるのは、疑うセリフ、続いたのは責任逃れの見苦しい言い訳だった。自分は反対した、戦争なんて野蛮な行為だ、素直にあのまま謝罪すればよかったのだ。
王女カリーナを傷つけられたと激怒したくせに、今になって王族から弱気な言い訳が漏れる。
「王が、陛下が動かれなかったから」
「あの聡明な姉上を傷つけられ、引くことなどできなかった」
「しょうがない。カリーナ王女の敵討ちだったのだ」
どの言葉も弱々しく、貴族の不安を煽った。玉座の上で無言の国王フルカスへ、皆の視線が集まる。彼が即位して、国土は2倍に増えた。戦場を駆ける獅子と異名を取った英雄は、何も言わない。
彼の視線は、正妃の奥で微笑む青白い髪の美女へ向けられていた。今のフルカスにとって、それ以上価値のある者はいない。面倒な謁見や会議など早々に終えて、彼女の柔らかな肢体を貪りたかった。甘い香りを胸いっぱいに吸い込みたい。望みはそれだけだ。
豊満な胸をぎりぎりまで露わにし、かろうじて布に覆われた細い腰に手を当てた美女は、いつからか、王宮を勝手に歩き回っていた。ある日、当たり前のように国王の愛妾となり、側妃の肩書もなく寝室や執務室に出入りする。
彼女が現れた頃から、重要書類の内容が他国に漏れていたなど、宰相らが知る由もない。そして彼女を『白薔薇』と呼んで愛でる国王の横に、誰も気づかない女性が1人増えていた事実も……オリヴィエラが指摘するまで気づけなかった。幻術を得意とするレーシーの置き土産は、今もまだ機能している。
「フルカス様、私、飽きてしまいましたわ」
「そうだな。戦の話などおなごに聞かせるものではない。後は……ああ~と、息子の誰かに任せる」
ついに息子の名前も思い出せなくなった国王は、何も対策を打ち出さぬまま玉座を降りた。仮にも国王たる者が立てば、臣下は首を垂れて見送るしかない。国王がいなくなった謁見の間に、王太子の呟きが響いた。
「父上はもう……終わりだ」
傾国の美女――文字通りそう呼ばれるに相応しい美貌の主の腰を抱き寄せ、国王フルカスが退室した。その後ろ姿を見送る王太子や貴族の目に映るのは、惚けた愚王のみ。
レーシーの操った幻術は、国王フルカスに作用したが……他の者は独り言が増えた老人の戯言と聞き流した。籠絡された国王の言動が真実だったと、誰も知ることはない。
隣の大広間は、戦勝祝いの宴を用意させていた。準備の音が響くのは、それだけ謁見の間に落ちた沈黙が長いせいだろう。
報告を担当する兵士は、早馬を乗り継いで情報を伝えた。各都市に用意された馬を繋ぎ、必死で『全滅』の知らせを持ち帰ったのだ。片膝をついた彼の疲労は激しく、報告を終えた途端に倒れた。その姿もまた、負けたことを強く印象付ける。
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「イザヴェル国の兵も合わせ、三万超えですぞ」
「負けるわけがない」
「私は反対した」
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「そもそも、私は戦争なんて」
現実を信じられない貴族の口から漏れるのは、疑うセリフ、続いたのは責任逃れの見苦しい言い訳だった。自分は反対した、戦争なんて野蛮な行為だ、素直にあのまま謝罪すればよかったのだ。
王女カリーナを傷つけられたと激怒したくせに、今になって王族から弱気な言い訳が漏れる。
「王が、陛下が動かれなかったから」
「あの聡明な姉上を傷つけられ、引くことなどできなかった」
「しょうがない。カリーナ王女の敵討ちだったのだ」
どの言葉も弱々しく、貴族の不安を煽った。玉座の上で無言の国王フルカスへ、皆の視線が集まる。彼が即位して、国土は2倍に増えた。戦場を駆ける獅子と異名を取った英雄は、何も言わない。
彼の視線は、正妃の奥で微笑む青白い髪の美女へ向けられていた。今のフルカスにとって、それ以上価値のある者はいない。面倒な謁見や会議など早々に終えて、彼女の柔らかな肢体を貪りたかった。甘い香りを胸いっぱいに吸い込みたい。望みはそれだけだ。
豊満な胸をぎりぎりまで露わにし、かろうじて布に覆われた細い腰に手を当てた美女は、いつからか、王宮を勝手に歩き回っていた。ある日、当たり前のように国王の愛妾となり、側妃の肩書もなく寝室や執務室に出入りする。
彼女が現れた頃から、重要書類の内容が他国に漏れていたなど、宰相らが知る由もない。そして彼女を『白薔薇』と呼んで愛でる国王の横に、誰も気づかない女性が1人増えていた事実も……オリヴィエラが指摘するまで気づけなかった。幻術を得意とするレーシーの置き土産は、今もまだ機能している。
「フルカス様、私、飽きてしまいましたわ」
「そうだな。戦の話などおなごに聞かせるものではない。後は……ああ~と、息子の誰かに任せる」
ついに息子の名前も思い出せなくなった国王は、何も対策を打ち出さぬまま玉座を降りた。仮にも国王たる者が立てば、臣下は首を垂れて見送るしかない。国王がいなくなった謁見の間に、王太子の呟きが響いた。
「父上はもう……終わりだ」
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レーシーの操った幻術は、国王フルカスに作用したが……他の者は独り言が増えた老人の戯言と聞き流した。籠絡された国王の言動が真実だったと、誰も知ることはない。
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