173 / 438
第7章 踊る道化の足元は
171.先を見据えた舵取りが必要だ
しおりを挟む
聞こえる怒号と悲鳴、武器の金属音にバシレイア国民は王宮付近へ逃げ込んだ。前回のグリュポスの進攻で矢が飛んできた記憶が、彼らに避難を選ばせる。震えながら訪れた民に、城門は開かれていた。
「こちらへどうぞ」
案内する侍女達は、教会の人間とともに温かなスープを振る舞い、王宮の広間を解放した。ドラゴンとグリフォンが戦場に飛び立った情報、イザヴェラも一緒に攻めてきた現実も。三万五千の大軍であることも含め、すべての情報は包み隠さず公開された。
「ここまで説明する必要があるんですか」
「情報を隠して民を騙し、誰が得をする?」
マルファスの疑問を、サタンはあっさり潰した。国が攻め込まれる事態に、国民は不安に陥っている。そこで情報を隠し「絶対に勝てる」と説明され、納得するほど愚民ではないのだと。
「確かに、そうですけど」
民の側にいた頃の気持ちを思い出したのか。歯切れの悪くなったマルファスは、ぽりぽりと耳の上を掻いた。前国王は「民はただ従い、税を納めればいい」と何も教えなかった。国が疲弊していることも、他国から狙われている事実も知らず、目の前の仕事をこなす日々を思い出す。
民を見つめる魔王サタンの眼差しは、優しさとは違う。それでも誰より公平に、革新的な政を行なっていた。少なくともマルファスが知る魔王は、出来ないことを命じたりしない。
明日の食料もない飢えた民に腹一杯食べさせ、傷ついた者たちを癒し、働く場所を与え、足りない民を増やす。失われた人命には厚く報い、謝罪すら口にした。そんな執政者がいままでいただろうか。
「アガレスの補佐にはいれ」
そう告げたサタンの黒い後ろ姿を見送り、溜めていた息を一度に吐き出した。その分新しく吸い込んだ空気が、肺に染み渡る。
「さて、おれも仕事するか」
肩を竦めて気分を入れ替えると、広間で人々の不安を解消する上司の元へ足を向けた。
飛んでくる矢はない。空中で見守る限り、外壁に取り付いた敵兵は見当たらなかった。外壁を守る門番や衛兵も武器を手にしているが、使う機会がない。圧倒的な戦力が手元にあり、働き手である民を失う危険を回避できるなら、それが一番だった。
リリアーナが長い尾を振って空に舞い上がり、ブレスで周囲を焼き払う。矢を射掛ける後方部隊を先に潰した行為は、あとで褒めるべき点だった。学んだ分だけ成長する彼女は、自分なりに考えて行動している。
クリスティーヌとウラノスが降りた場所は、地面が赤く染まっていた。どうやらウラノスが遠慮なく散らかしたらしい。地脈の軌道を変える意味では、大地を赤く濡らすのが早い。豊かな土壌を得る方法のひとつだった。
地脈は負の力に引き寄せられる。不幸が続いたり人死が続いた場所は忌むべき場所とされるが、それは負の力が溜まるためだ。ある程度溜まれば、今度は磁石のように正の力を呼び寄せるが、それは人間の寿命では数世代後の話だった。寿命が短い人間では、現象の全体像が掴めずに「不幸があった土地は不幸を呼ぶ」と間違った伝承となる。もっと寿命が長ければ、「その後に地脈を呼んで幸を運ぶ」までが伝承されただろう。
グリュポスから難民を引き入れたバシレイアは、人口が以前の3倍近くまで膨らんだ。必要とする食料や住居の数もそれに応じて増加する。数年すれば落ち着いた民の交流が深まり、生活が安定した民の出産が増えるはずだった。
今のうちに手を打たなくては、民の生活基盤を支えられなくなる。必要なのは肥沃な大地と豊富な資源だった。食料に関しては目処がついている。リリアーナだけでなく、他の魔族を引き込めば肉や魚の調達は間に合った。同盟を結んだテッサリアは農業国だ。
テッサリアの食料の半分は輸出に当てられる。その食料を我が国で積極的に買い取ればいい。数年後にはドワーフに命じて作らせた塀が出来上がり、バシレイア国は5倍近くに拡大するだろう。
国取りより、国づくりの方が数倍舵取りが難しい。だからこそ挑戦する価値がある、と足元の惨劇を見ながら口元を笑みに歪めた。
「こちらへどうぞ」
案内する侍女達は、教会の人間とともに温かなスープを振る舞い、王宮の広間を解放した。ドラゴンとグリフォンが戦場に飛び立った情報、イザヴェラも一緒に攻めてきた現実も。三万五千の大軍であることも含め、すべての情報は包み隠さず公開された。
「ここまで説明する必要があるんですか」
「情報を隠して民を騙し、誰が得をする?」
マルファスの疑問を、サタンはあっさり潰した。国が攻め込まれる事態に、国民は不安に陥っている。そこで情報を隠し「絶対に勝てる」と説明され、納得するほど愚民ではないのだと。
「確かに、そうですけど」
民の側にいた頃の気持ちを思い出したのか。歯切れの悪くなったマルファスは、ぽりぽりと耳の上を掻いた。前国王は「民はただ従い、税を納めればいい」と何も教えなかった。国が疲弊していることも、他国から狙われている事実も知らず、目の前の仕事をこなす日々を思い出す。
民を見つめる魔王サタンの眼差しは、優しさとは違う。それでも誰より公平に、革新的な政を行なっていた。少なくともマルファスが知る魔王は、出来ないことを命じたりしない。
明日の食料もない飢えた民に腹一杯食べさせ、傷ついた者たちを癒し、働く場所を与え、足りない民を増やす。失われた人命には厚く報い、謝罪すら口にした。そんな執政者がいままでいただろうか。
「アガレスの補佐にはいれ」
そう告げたサタンの黒い後ろ姿を見送り、溜めていた息を一度に吐き出した。その分新しく吸い込んだ空気が、肺に染み渡る。
「さて、おれも仕事するか」
肩を竦めて気分を入れ替えると、広間で人々の不安を解消する上司の元へ足を向けた。
飛んでくる矢はない。空中で見守る限り、外壁に取り付いた敵兵は見当たらなかった。外壁を守る門番や衛兵も武器を手にしているが、使う機会がない。圧倒的な戦力が手元にあり、働き手である民を失う危険を回避できるなら、それが一番だった。
リリアーナが長い尾を振って空に舞い上がり、ブレスで周囲を焼き払う。矢を射掛ける後方部隊を先に潰した行為は、あとで褒めるべき点だった。学んだ分だけ成長する彼女は、自分なりに考えて行動している。
クリスティーヌとウラノスが降りた場所は、地面が赤く染まっていた。どうやらウラノスが遠慮なく散らかしたらしい。地脈の軌道を変える意味では、大地を赤く濡らすのが早い。豊かな土壌を得る方法のひとつだった。
地脈は負の力に引き寄せられる。不幸が続いたり人死が続いた場所は忌むべき場所とされるが、それは負の力が溜まるためだ。ある程度溜まれば、今度は磁石のように正の力を呼び寄せるが、それは人間の寿命では数世代後の話だった。寿命が短い人間では、現象の全体像が掴めずに「不幸があった土地は不幸を呼ぶ」と間違った伝承となる。もっと寿命が長ければ、「その後に地脈を呼んで幸を運ぶ」までが伝承されただろう。
グリュポスから難民を引き入れたバシレイアは、人口が以前の3倍近くまで膨らんだ。必要とする食料や住居の数もそれに応じて増加する。数年すれば落ち着いた民の交流が深まり、生活が安定した民の出産が増えるはずだった。
今のうちに手を打たなくては、民の生活基盤を支えられなくなる。必要なのは肥沃な大地と豊富な資源だった。食料に関しては目処がついている。リリアーナだけでなく、他の魔族を引き込めば肉や魚の調達は間に合った。同盟を結んだテッサリアは農業国だ。
テッサリアの食料の半分は輸出に当てられる。その食料を我が国で積極的に買い取ればいい。数年後にはドワーフに命じて作らせた塀が出来上がり、バシレイア国は5倍近くに拡大するだろう。
国取りより、国づくりの方が数倍舵取りが難しい。だからこそ挑戦する価値がある、と足元の惨劇を見ながら口元を笑みに歪めた。
0
お気に入りに追加
1,029
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。
帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。
しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。
自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。
※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……
神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>
ラララキヲ
ファンタジー
フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。
それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。
彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。
そしてフライアルド聖国の歴史は動く。
『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……
神「プンスコ(`3´)」
!!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!!
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇ちょっと【恋愛】もあるよ!
◇なろうにも上げてます。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます
無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる