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第7章 踊る道化の足元は

160.消滅させる未来は確定した

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 クリスティーヌが、ぼんやりした目で何かを告げる。その言葉を聞き取り、頷いてやればリリアーナが横から手を伸ばして黒髪を撫でた。大量のコウモリが現れ、書類を置いていく。ばらばらに千切られた紙は、近くに置かれた紙の中から割け目の合う紙片と融合した。

 大きな紙や物資を運べない吸血蝙蝠がよく使う魔術だ。ジンほどの大きさのコウモリは少なく、代わりに小さな彼らは千切って運ぶ魔術を得たのだろう。オレの血を得たクリスティーヌの魔力は満ちている。さらにウラノスが与えた魔術の知識は、彼女の能力を急激に開花させていた。

 ネズミ23匹の使役で疲れていた少女は、僅かな期間でその数倍のコウモリやネズミを支配下に置いた。ネズミが運んだ紙片も繋ぎ合わせ、さっと目を通す。指先でくるりと円を描き、魔法陣で書類を転送した。アガレスの部下となったマルファスは優秀だ。あの男に押し付けるのがいいだろう。

 廊下で「なんじゃこりゃぁ!!」と叫ぶマルファスの声が聞こえた。思ったより近くにいたらしい。直接渡しても大差なかったと苦笑し、きょろきょろしたリリアーナが扉を開いた。

「マルファス、うるさい」

「魔王陛下はこちらですか? 予告なく書類を……」

 押し付けるなんてと言いかけて、リリアーナの後ろに立つオレに気づいて固まった。度胸はある方だし、書類の処理能力も高い。ただ突発事項に弱いところがある。アガレスに似て頭の回転は悪くないため、事前に予測していれば回避できるだろう。

「マルファス。ビフレストの資料だ」

「か、かしこまりました」

 くるっと背を向けて逃げるように立ち去る文官の背を見送り、リリアーナが首をかしげる。自分より強者が滅多にいないドラゴンにとって、他者への恐怖心は理解しにくいのだ。細かいことを気にしない性格も手伝って、彼女は「変なの」と呟いて扉を閉めた。

「レーシーは順調だって」

 彼女からの伝言を伝えるクリスティーヌを抱き上げて撫でる。羨ましそうなリリアーナを手招きし、ソファに腰掛けた。すぐにソファの隣に座り、べったり身体を添わせてくる。ククルの説明通り、愛玩動物は嫉妬しあい、飼い主の愛情を確かめたがる生き物だった。身体の一部が触れていると安心するという説明も、今なら理解しやすい。

「そろそろ攻めるか」

「あの煩い女の国?」

「前に見に行ったとこ?」

 戦略を立てるほど手ごわいわけじゃないが、ある程度の作戦は必要だ。クリスティーヌは昨日の王女カリーナの国ビフレストを、リリアーナは以前に偵察に訪れたイザヴェル国を口にした。どちらも間違いではない。

 問題はどちらを先に潰すか。

「両方だ」

 目を輝かせる少女達は、自分達も出番があるはずと喜び合っている。実際に動かすつもりなので、否定せずに両方の頭を撫でた。ソファの両側、肘置きに腰を下ろしてしがみつく彼女らが、ぴくりと反応する。魔力ではなく、足音や気配を察知したのだ。

「ロゼマリアが来た」

 リリアーナの言葉通り、ノックして入室したのはロゼマリアだった。乳母で侍女のエマを連れた王女は、優雅に一礼する。

「首尾はどうだ?」

「準備が整いました。いつでも『お返し』できますわ」

 そう微笑んだロゼマリアは、以前の繊細でか弱いお姫様の印象を払拭する逞しさで答える。以前から侍女のエマは一緒に行動していたが、この頃はリリアーナの土産であるヘルハウンドを可愛がった。番犬でありペットなのだと言い放つ彼女に、聖女の面影はない。

「ならば『返却』する」

 預かったモノを返す。それが者であり、王女という大層な肩書を持つ女であるだけ。謁見の間で騒いだ王女カリーナを、レーシーが陥落した国に戻したら……さて、どうでるか。

 表面上が穏やかな池でも内側は揺れ続ける――不安定な池へ違う色を流し、さらに汲んだ水を追加で流したら決壊して溢れるか。飲み込んで耐えるか。どちらにしろ、池が消滅する未来は確定していた。
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