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第7章 踊る道化の足元は
157.こんな国滅ぼしてやるわ
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バシレイア聖国に魔王が君臨して2ヶ月あまり。まだ彼が妃を娶ったという話は伝わっていない。そして女好きの噂がビフレストの認識を捻じ曲げた。正しい情報を元にしない推測や憶測は、彼らの目を曇らせる。それは王女カリーナも同様だった。
献上という単語を使う平民上がりの宰相に、なんて無礼なのかと眉をひそめる。他国なら慌てて言葉を取り繕う場面だ。王が宰相を嗜めることもあるだろう。しかしバシレイアではどちらもない。献上という表現は、属国が主従関係の上位国に何か品物や者を納める際に使う単語だ。
大国ビフレストが、首都しか持たぬ小国バシレイアに対して何かを献上するなど、考えられない物言いだった。失礼を通り越し、無礼でも足りない。それを魔王が承認した状態なのも気に障った。さらにロゼマリアは金髪の少女に「いかがか」と問う。
何か欲しい物があるなら口にして強請ることを、促したのだ。ビフレスト王女に対し、巨大トカゲのような少女を優先した。
正妃がいない状態なら、側妃は「愛妾」と変わらない。呼び名を取り繕っても、それが人間の貴族社会の常識だった。リリアーナのような少女に、ロゼマリアが遜る物言いは不自然だ。背に広げた翼と床の上で揺れる尻尾が、リリアーナと呼ばれた金髪の少女の正体を物語っていた。
たとえドラゴンだろうが、この幼さでは大した力など持たないはず。魔王に侍る女性の中で、カリーナが敬意を示すのは同じ王族であるロゼマリアのみだ。その慣例を無視して、リリアーナという金髪の少女の体面を重んじたことに、カリーナは失望を覚えた。
聖女の国の王女といっても、魔物風情に譲るなんて。
ビフレストは海と山に囲まれ、その周囲を別の国が囲んでいる。そのため魔物による被害はほぼなく、魔族と魔物の区別がつかなかった。ドラゴンを空飛ぶトカゲと勘違いするほど、彼女の知識は乏しい。その勘違いが、カリーナ王女の判断を狂わせた。
苛立ちを表面に出したカリーナ王女を眺めたリリアーナは、わかりやすく顔をしかめる。それからロゼマリアを見上げた。玉座に腰掛ける魔王の手を頬に受けて、甘えるように足に身を預ける。
魔王に侍る正妻として、彼女はどうかと問われた。そう判断したリリアーナは、カリーナをじっと観察する。金髪に赤毛が混じったような髪色の、気が強そうな顔立ちは整っていた。しかし傲慢な態度が滲む指先や表情を、リリアーナは不快に感じる。見下されたと本能が否を告げた。
魔族故に、リリアーナは己の持つ本能や感性を重視する。
「この子は嫌」
一言で否定した。それは「仲間に加えること」に対してであり、同時に「近づくこと」や「同盟を結ぶこと」「サタンの側妃に選ぶかどうか」の判断すべてに適用される。後ろから胸を押し付けて覗き込んだオリヴィエラが、赤い唇を横ににっと引いた。
「あたくしも、あの王女は好きじゃないわ」
「オリヴィエラ様、使者の方にそういった表現は好ましくありませんわ」
「あら、嫌いと言わなかったんだから誉めて欲しいくらいよ」
くすくす笑うオリヴィエラに悪びれた様子はない。使者としての立場があるため、唇を噛みしめるカリーナは反論できなかった。一方的な虐めに見える光景に、溜め息をついて少し手を上げる。その仕草で、女性のおしゃべりはぴたりと止んだ。
「アガレス」
「はっ。ビフレスト国との同盟や協定はありません」
宰相は当然のように断言した。その言葉にカリーナはかっと血が上る。音が遠くなり顔が真っ赤になった。興奮した勢いのまま叫ぶ。
「私を認めないなら、こんな国滅ぼしてやるわっ!」
献上という単語を使う平民上がりの宰相に、なんて無礼なのかと眉をひそめる。他国なら慌てて言葉を取り繕う場面だ。王が宰相を嗜めることもあるだろう。しかしバシレイアではどちらもない。献上という表現は、属国が主従関係の上位国に何か品物や者を納める際に使う単語だ。
大国ビフレストが、首都しか持たぬ小国バシレイアに対して何かを献上するなど、考えられない物言いだった。失礼を通り越し、無礼でも足りない。それを魔王が承認した状態なのも気に障った。さらにロゼマリアは金髪の少女に「いかがか」と問う。
何か欲しい物があるなら口にして強請ることを、促したのだ。ビフレスト王女に対し、巨大トカゲのような少女を優先した。
正妃がいない状態なら、側妃は「愛妾」と変わらない。呼び名を取り繕っても、それが人間の貴族社会の常識だった。リリアーナのような少女に、ロゼマリアが遜る物言いは不自然だ。背に広げた翼と床の上で揺れる尻尾が、リリアーナと呼ばれた金髪の少女の正体を物語っていた。
たとえドラゴンだろうが、この幼さでは大した力など持たないはず。魔王に侍る女性の中で、カリーナが敬意を示すのは同じ王族であるロゼマリアのみだ。その慣例を無視して、リリアーナという金髪の少女の体面を重んじたことに、カリーナは失望を覚えた。
聖女の国の王女といっても、魔物風情に譲るなんて。
ビフレストは海と山に囲まれ、その周囲を別の国が囲んでいる。そのため魔物による被害はほぼなく、魔族と魔物の区別がつかなかった。ドラゴンを空飛ぶトカゲと勘違いするほど、彼女の知識は乏しい。その勘違いが、カリーナ王女の判断を狂わせた。
苛立ちを表面に出したカリーナ王女を眺めたリリアーナは、わかりやすく顔をしかめる。それからロゼマリアを見上げた。玉座に腰掛ける魔王の手を頬に受けて、甘えるように足に身を預ける。
魔王に侍る正妻として、彼女はどうかと問われた。そう判断したリリアーナは、カリーナをじっと観察する。金髪に赤毛が混じったような髪色の、気が強そうな顔立ちは整っていた。しかし傲慢な態度が滲む指先や表情を、リリアーナは不快に感じる。見下されたと本能が否を告げた。
魔族故に、リリアーナは己の持つ本能や感性を重視する。
「この子は嫌」
一言で否定した。それは「仲間に加えること」に対してであり、同時に「近づくこと」や「同盟を結ぶこと」「サタンの側妃に選ぶかどうか」の判断すべてに適用される。後ろから胸を押し付けて覗き込んだオリヴィエラが、赤い唇を横ににっと引いた。
「あたくしも、あの王女は好きじゃないわ」
「オリヴィエラ様、使者の方にそういった表現は好ましくありませんわ」
「あら、嫌いと言わなかったんだから誉めて欲しいくらいよ」
くすくす笑うオリヴィエラに悪びれた様子はない。使者としての立場があるため、唇を噛みしめるカリーナは反論できなかった。一方的な虐めに見える光景に、溜め息をついて少し手を上げる。その仕草で、女性のおしゃべりはぴたりと止んだ。
「アガレス」
「はっ。ビフレスト国との同盟や協定はありません」
宰相は当然のように断言した。その言葉にカリーナはかっと血が上る。音が遠くなり顔が真っ赤になった。興奮した勢いのまま叫ぶ。
「私を認めないなら、こんな国滅ぼしてやるわっ!」
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