154 / 438
第7章 踊る道化の足元は
152.無謀が気紛れを引き寄せる
しおりを挟む
先触れを本隊より先行させたビフレスト国の機転は悪くないが、狡猾過ぎて扱いづらそうだ。にやりと笑ったオレの表情で、アガレスは察したらしい。
「魔王陛下のご予定は、明日の午前中まで塞がっておりますね。そのように対応させていただきます」
明日の午後まで待たせることにした宰相の判断に頷き、立ち上がった。本日の謁見は終了だ。この場に残る意味はない。そして、明日の午後まで時間があれば、準備には十分過ぎた。
「書類を片付ける」
マントを揺らして歩き出した後ろに、ロゼマリアがついてきた。慌ててオリヴィエラも同行する。執務室に入ったところで、椅子に腰掛けてから彼女らを振り返った。
「提案がございます」
無言で待てば、ロゼマリアは女性ならではの視点でビフレストとの会見を演出する相談を始めた。提案というより、策略に近い。演出として参加する者の性格を踏まえた内容は、優れており無理がなかった。
失敗する要素が見つからない策に、許可を出す。王女同士、相手の考える策は手にとるように予想できる。どの国でも王族の教育にさしたる違いはないのだろう。だがロゼマリアは、魔族の考え方も理解する。その点で一枚上手だった。
積み上げられた書類を引き寄せて目を通し、一部を修正して署名する。作業に没頭するオレに頭を下げ、ロゼマリアは部屋を辞した。扉の閉まる軽い音で顔を上げ、すぐにまた書類へ視線を戻した。
謁見の間を出たアガレスに、マルファスが質問する。
「半日の予定を、丸一日に延ばした理由は何ですか」
「陛下はビフレストの行いを、あまり好ましく思っておられません。策として認めても、感情は良しとしないのでしょう。言葉にされない主君の意を汲んで動くのが、臣下ですよ」
先回りして気遣うのも仕事だとアガレスは言い切り、足を止めぬままマルファスに指示を出す。
「さきほど、ロゼマリア様が追いかけて行かれました。おそらく姫様も同じように陛下の意を察して動かれるでしょう。手助けをお願いします」
手元の書類を脇に抱え直し、マルファスは頷いた。すぐに動く部下の背を見ながら、アガレスはモノクルの縁に手を触れた。
狡猾なビフレストと実直なテッサリア。己自身が汚い策を使うからこそ、テッサリアのような正直者を援護したくなる。外交官として出向いた以上、使者の役目は協定を結ぶこと。それが危うくなったからとはいえ、自国に火をつけるなど……なかなか言えることではなかった。
無謀な捨て鉢の一言だったかもしれない。だが、この一言は魔王陛下の興味を引いた。少なくとも、他国の脅威から守ってやってもいいと思うくらいの気紛れを起こしたのだ。
テッサリアのライラ嬢は賢い。彼女は自国がグリュポス以外の国から攻め込まれなかった理由に気付いているだろう。あの軍事国家に食糧庫扱いされたから、他国は手出しを控えていた。迷惑で一方的、そのうえ搾取される現状があっても、国を蹂躙し滅亡させられる恐怖はなかった。
今後は周辺諸国への根回しが必要になる。その状況で真っ先に「グリュポスを滅ぼした魔王」と手を組もうとしたなら、その判断をあの方は褒めるのだろう。地図に描かれた7つの国は6つに減った。この後、どこまで地図は書き換えられるのか……笑みを浮かべるアガレスはモノクルを外し、手の中でくるりと回した。
「魔王陛下のご予定は、明日の午前中まで塞がっておりますね。そのように対応させていただきます」
明日の午後まで待たせることにした宰相の判断に頷き、立ち上がった。本日の謁見は終了だ。この場に残る意味はない。そして、明日の午後まで時間があれば、準備には十分過ぎた。
「書類を片付ける」
マントを揺らして歩き出した後ろに、ロゼマリアがついてきた。慌ててオリヴィエラも同行する。執務室に入ったところで、椅子に腰掛けてから彼女らを振り返った。
「提案がございます」
無言で待てば、ロゼマリアは女性ならではの視点でビフレストとの会見を演出する相談を始めた。提案というより、策略に近い。演出として参加する者の性格を踏まえた内容は、優れており無理がなかった。
失敗する要素が見つからない策に、許可を出す。王女同士、相手の考える策は手にとるように予想できる。どの国でも王族の教育にさしたる違いはないのだろう。だがロゼマリアは、魔族の考え方も理解する。その点で一枚上手だった。
積み上げられた書類を引き寄せて目を通し、一部を修正して署名する。作業に没頭するオレに頭を下げ、ロゼマリアは部屋を辞した。扉の閉まる軽い音で顔を上げ、すぐにまた書類へ視線を戻した。
謁見の間を出たアガレスに、マルファスが質問する。
「半日の予定を、丸一日に延ばした理由は何ですか」
「陛下はビフレストの行いを、あまり好ましく思っておられません。策として認めても、感情は良しとしないのでしょう。言葉にされない主君の意を汲んで動くのが、臣下ですよ」
先回りして気遣うのも仕事だとアガレスは言い切り、足を止めぬままマルファスに指示を出す。
「さきほど、ロゼマリア様が追いかけて行かれました。おそらく姫様も同じように陛下の意を察して動かれるでしょう。手助けをお願いします」
手元の書類を脇に抱え直し、マルファスは頷いた。すぐに動く部下の背を見ながら、アガレスはモノクルの縁に手を触れた。
狡猾なビフレストと実直なテッサリア。己自身が汚い策を使うからこそ、テッサリアのような正直者を援護したくなる。外交官として出向いた以上、使者の役目は協定を結ぶこと。それが危うくなったからとはいえ、自国に火をつけるなど……なかなか言えることではなかった。
無謀な捨て鉢の一言だったかもしれない。だが、この一言は魔王陛下の興味を引いた。少なくとも、他国の脅威から守ってやってもいいと思うくらいの気紛れを起こしたのだ。
テッサリアのライラ嬢は賢い。彼女は自国がグリュポス以外の国から攻め込まれなかった理由に気付いているだろう。あの軍事国家に食糧庫扱いされたから、他国は手出しを控えていた。迷惑で一方的、そのうえ搾取される現状があっても、国を蹂躙し滅亡させられる恐怖はなかった。
今後は周辺諸国への根回しが必要になる。その状況で真っ先に「グリュポスを滅ぼした魔王」と手を組もうとしたなら、その判断をあの方は褒めるのだろう。地図に描かれた7つの国は6つに減った。この後、どこまで地図は書き換えられるのか……笑みを浮かべるアガレスはモノクルを外し、手の中でくるりと回した。
0
お気に入りに追加
1,029
あなたにおすすめの小説
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
クラス転移したからクラスの奴に復讐します
wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。
ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。
だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。
クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。
まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。
閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。
追伸、
雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。
気になった方は是非読んでみてください。
【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。
帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。
しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。
自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。
※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
ダンジョン美食倶楽部
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。
身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。
配信で明るみになる、洋一の隠された技能。
素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。
一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。
※カクヨム様で先行公開中!
※2024年3月21で第一部完!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる