148 / 438
第7章 踊る道化の足元は
146.切り捨てずに受け入れる決断
しおりを挟む
馬車は妊婦を乗せ、ゆっくりと近づいてくる。到着した門の内側で止まったことに、怯えた様子で顔を見せる女性達は疲れ切っていた。ロゼマリアが後ろの侍女エマに指示を出し、温かな毛布を用意させる。
「よく来た……っ」
「ここは私が」
遮るように前に立ったロゼマリアの毅然とした態度に、「よかろう」と口を噤んで任せる。オリヴィエラは驚いた顔をしたが、何も言わずに口元を手で隠した。
「ようこそ、バシレイア聖国へ。この国は移住目的の難民に門戸を開いています。妊婦や幼児ばかりと伺っておりますが、体調の悪い方はいらっしゃいますか?」
穏やかにお姫様が問いかけるが、今日の彼女の装いは品の良いワンピースだ。瞳と同じ緑の生地は足元へ向かってグラデーションになっていた。金髪を緩やかに流す彼女の穏やかな笑みに誘われ、おずおずと口を開いたのは馬車から真っ先に降りた女性だ。
「あの……具合が悪いと、入国できないんでしょう?」
ロゼマリアは内心で失敗したと呟くが、表情は笑顔を崩さなかった。ゆっくり首を横に振り、もう一度言葉を変えて言い直す。
「いいえ、心配させてしまってごめんなさい。具合の悪い方は無料で治療を受けられますから、我慢せずに申し出て欲しいのです。お食事と毛布を用意しましたので、他の方は受け取って休んでください」
「ほ、本当に?」
「働けないし、戦えないのよ?」
顔を見せた女性達は、ほとんどが母親だ。これから母になる者、我が子を連れた者。どちらもこの国の根幹となる若い世代を育てる、重要な存在だった。己を卑下する言葉を吐くなら、それはグリュポス国の政が酷かった証拠だ。
任せると決めたため、ロゼマリアの対応を見守る。今までならこちらに寄ってきたオリヴィエラは、ロゼマリアの横で笑顔を作った。どうやら協力するつもりらしい。
彼女らの成長を確かめる意味も込め、腕を組んで気配を薄くした。注意しなければ、オレの存在に気づけないだろう。
「未来の国の柱となる子供達を産み、育てること。それは戦いであり、労働です。今までの価値観は必要ありません。聖女の国の王女ロゼマリアの名において、あなた方をこの国は歓迎いたします」
わっと沸いた女性達が、安心した様子で馬車を降り始める。駆け寄ったロゼマリアも妊婦に手を貸し、肩を竦めたオリヴィエラも一緒に手伝い始めた。オリヴィエラの行動は意外だ。彼女の今までの行動や性格からして、命じられないのに手を貸すのは考えにくい。リリアーナの変化も含め、人間であるロゼマリアの影響は大きいようだ。
「食事の用意が出来ました」
エマが誘導する先に、湯気を立てる汁物が並んでいた。勧められても手を伸ばさない女性達をよそに、幼子は無邪気に欲しがる。笑顔で与えるバシレイアの民の姿に、母親達もようやく受け取り始めた。
柔らかな野菜や肉をふんだんに入れたスープを、子供は必死に口に入れる。慣れない熱い食べ物に苦戦する様子に、苦笑した民が鍋をひとつ火から下ろした。ゆっくり食べられるよう、冷ましたスープをお代わりとして差し出す。
かつて自分たちが与えられた食事を、今度は困る人に与える立場になった。穏やかな顔をした民を見ながら、己の治世を改めて考える。改善点を洗い出しながら、そっと場を離れた。
「よく来た……っ」
「ここは私が」
遮るように前に立ったロゼマリアの毅然とした態度に、「よかろう」と口を噤んで任せる。オリヴィエラは驚いた顔をしたが、何も言わずに口元を手で隠した。
「ようこそ、バシレイア聖国へ。この国は移住目的の難民に門戸を開いています。妊婦や幼児ばかりと伺っておりますが、体調の悪い方はいらっしゃいますか?」
穏やかにお姫様が問いかけるが、今日の彼女の装いは品の良いワンピースだ。瞳と同じ緑の生地は足元へ向かってグラデーションになっていた。金髪を緩やかに流す彼女の穏やかな笑みに誘われ、おずおずと口を開いたのは馬車から真っ先に降りた女性だ。
「あの……具合が悪いと、入国できないんでしょう?」
ロゼマリアは内心で失敗したと呟くが、表情は笑顔を崩さなかった。ゆっくり首を横に振り、もう一度言葉を変えて言い直す。
「いいえ、心配させてしまってごめんなさい。具合の悪い方は無料で治療を受けられますから、我慢せずに申し出て欲しいのです。お食事と毛布を用意しましたので、他の方は受け取って休んでください」
「ほ、本当に?」
「働けないし、戦えないのよ?」
顔を見せた女性達は、ほとんどが母親だ。これから母になる者、我が子を連れた者。どちらもこの国の根幹となる若い世代を育てる、重要な存在だった。己を卑下する言葉を吐くなら、それはグリュポス国の政が酷かった証拠だ。
任せると決めたため、ロゼマリアの対応を見守る。今までならこちらに寄ってきたオリヴィエラは、ロゼマリアの横で笑顔を作った。どうやら協力するつもりらしい。
彼女らの成長を確かめる意味も込め、腕を組んで気配を薄くした。注意しなければ、オレの存在に気づけないだろう。
「未来の国の柱となる子供達を産み、育てること。それは戦いであり、労働です。今までの価値観は必要ありません。聖女の国の王女ロゼマリアの名において、あなた方をこの国は歓迎いたします」
わっと沸いた女性達が、安心した様子で馬車を降り始める。駆け寄ったロゼマリアも妊婦に手を貸し、肩を竦めたオリヴィエラも一緒に手伝い始めた。オリヴィエラの行動は意外だ。彼女の今までの行動や性格からして、命じられないのに手を貸すのは考えにくい。リリアーナの変化も含め、人間であるロゼマリアの影響は大きいようだ。
「食事の用意が出来ました」
エマが誘導する先に、湯気を立てる汁物が並んでいた。勧められても手を伸ばさない女性達をよそに、幼子は無邪気に欲しがる。笑顔で与えるバシレイアの民の姿に、母親達もようやく受け取り始めた。
柔らかな野菜や肉をふんだんに入れたスープを、子供は必死に口に入れる。慣れない熱い食べ物に苦戦する様子に、苦笑した民が鍋をひとつ火から下ろした。ゆっくり食べられるよう、冷ましたスープをお代わりとして差し出す。
かつて自分たちが与えられた食事を、今度は困る人に与える立場になった。穏やかな顔をした民を見ながら、己の治世を改めて考える。改善点を洗い出しながら、そっと場を離れた。
0
お気に入りに追加
1,029
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。
帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。
しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。
自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。
※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>
ラララキヲ
ファンタジー
フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。
それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。
彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。
そしてフライアルド聖国の歴史は動く。
『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……
神「プンスコ(`3´)」
!!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!!
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇ちょっと【恋愛】もあるよ!
◇なろうにも上げてます。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます
無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる