143 / 438
第7章 踊る道化の足元は
141.即断即決も過ぎれば毒だ
しおりを挟む
まだ殴り合い継続中の獲物を放り出し、他の獲物を物色し始めるリリアーナに、散らかさないように言い聞かせる。素直に頷いた後、ぺしゃんと尻尾で殴り合う2匹を潰したので、理解の度合いは今ひとつだった。
この状態で置き去りにし、ロゼマリア達の様子を見に行くことは無理だ。間違いなく泣きながら追いかけてくるだろう。それも血塗れの状態だ。新しく民として引き入れたばかりの難民を不用意に怯えさせるのは、執政者として失格だった。
この場でできることを思い浮かべ、ひとまず手紙が届いたか確認する。収納用の亜空間へ右手を入れ、指輪に反応して転送される手紙を受け取った。この作業も慣れてきた。
薄緑の封筒が3通、桃色の手紙が1枚、水色と黄色の封筒が1通ずつ。彼女達が好む色だ。見覚えのある組み合わせに、口元が緩んだ。
封筒にすら入れず転送したのはククルだ。魔法陣の古代文字や魔法文字を操る癖に、書類は大嫌いな彼女らしい。飾りもないシンプルな手紙には「そちらへ行きたい」と言葉を変えて何回も綴られていた。署名に似たマークも彼女らしい。
読み終えた便箋を膝の上に、今度は水色の封筒を開ける。バアルとアナトは双子で外見はよく似ているが、中身が全く違う。好む食べ物も色も服のデザインも違った。だが悪戯が好きで、侮らせてから逆転する戦いを選ぶ性格はそっくりだ。
水色を好むのはバアルだった。寂しい、会いたい、まるで恋人へ送る手紙のような内容だ。ある程度想像はついたが、予想を裏切らない文面に苦笑する。
アナトがよく選ぶ黄色の封筒を開けば、ふわりと花の香りがした。乾燥したハーブを挟んだようだ。封筒の中から強く香る。内容はバアルとあまり違いはなく、死んでも会いに行くと締め括られていた。彼女らなら、自分の死体を仲間に転送させるくらいの荒技を実行しそうだ。思いとどまるよう次の手紙で言い聞かせる必要があった。
最後に残ったのはアースティルティト。やはり報告書に似たきっちりした連絡事項の羅列、困ったなどの泣き言が一切ない。2通を読んだところで、最後の封筒を開けて手を止めた。
紙の文字が滲んでいる。すっと手を翳して滲んだ文字を復元した。書かれた内容は、危険でも可能性を追求するアースティルティトならではの提案だ。
「……確かに可能性はある」
可能性はあるが、危険も大きい。その提案内容に頷けないのは、失敗したときのリスクが大きすぎるためだ。
吸血鬼の始祖である彼女は、自らを仮死状態に出来る。死の眠りと呼ばれる状態では、完全に呼吸も脈拍も停止するため、物体と同じだった。物と同じならば、手紙同様に転送対象となるのではないか? そんな仮定を経た上で、彼女は安全策も講じていた。
捕らえた小型の魔物を仮死状態にして、転送する。徐々に大きな物に変更していき、最後に同族で試すという方法だった。同族が届けば、自分も転送可能になる。そう結論づけた手紙に、大急ぎで返事を書く必要が出来た。
そう考えて収納空間に手を入れたオレは、失念していた彼女の性格を思い出す。即断即決、即行動を絵に描いたような性格だった。
手紙を書いた時点で、おそらく魔物を仮死状態にして準備していたはずだ。そして収納に入れたオレの手に触れる毛皮は、おそらく仮死状態の小動物だろう。大きな溜め息をついて目の前に放り出した。
転がる黒い毛皮の猫に似た生き物は、見覚えがあった。ごろんと転がる魔物は冷たく強張っており、呼吸も脈拍も感じない。足の毛皮がない肉球部分を触れるが、やはり体温もなかった。
「……サタン様、これ食べられる?」
こちらの世界にはいない魔物なのか。おっかなびっくり近づいたリリアーナが首をかしげた。
この状態で置き去りにし、ロゼマリア達の様子を見に行くことは無理だ。間違いなく泣きながら追いかけてくるだろう。それも血塗れの状態だ。新しく民として引き入れたばかりの難民を不用意に怯えさせるのは、執政者として失格だった。
この場でできることを思い浮かべ、ひとまず手紙が届いたか確認する。収納用の亜空間へ右手を入れ、指輪に反応して転送される手紙を受け取った。この作業も慣れてきた。
薄緑の封筒が3通、桃色の手紙が1枚、水色と黄色の封筒が1通ずつ。彼女達が好む色だ。見覚えのある組み合わせに、口元が緩んだ。
封筒にすら入れず転送したのはククルだ。魔法陣の古代文字や魔法文字を操る癖に、書類は大嫌いな彼女らしい。飾りもないシンプルな手紙には「そちらへ行きたい」と言葉を変えて何回も綴られていた。署名に似たマークも彼女らしい。
読み終えた便箋を膝の上に、今度は水色の封筒を開ける。バアルとアナトは双子で外見はよく似ているが、中身が全く違う。好む食べ物も色も服のデザインも違った。だが悪戯が好きで、侮らせてから逆転する戦いを選ぶ性格はそっくりだ。
水色を好むのはバアルだった。寂しい、会いたい、まるで恋人へ送る手紙のような内容だ。ある程度想像はついたが、予想を裏切らない文面に苦笑する。
アナトがよく選ぶ黄色の封筒を開けば、ふわりと花の香りがした。乾燥したハーブを挟んだようだ。封筒の中から強く香る。内容はバアルとあまり違いはなく、死んでも会いに行くと締め括られていた。彼女らなら、自分の死体を仲間に転送させるくらいの荒技を実行しそうだ。思いとどまるよう次の手紙で言い聞かせる必要があった。
最後に残ったのはアースティルティト。やはり報告書に似たきっちりした連絡事項の羅列、困ったなどの泣き言が一切ない。2通を読んだところで、最後の封筒を開けて手を止めた。
紙の文字が滲んでいる。すっと手を翳して滲んだ文字を復元した。書かれた内容は、危険でも可能性を追求するアースティルティトならではの提案だ。
「……確かに可能性はある」
可能性はあるが、危険も大きい。その提案内容に頷けないのは、失敗したときのリスクが大きすぎるためだ。
吸血鬼の始祖である彼女は、自らを仮死状態に出来る。死の眠りと呼ばれる状態では、完全に呼吸も脈拍も停止するため、物体と同じだった。物と同じならば、手紙同様に転送対象となるのではないか? そんな仮定を経た上で、彼女は安全策も講じていた。
捕らえた小型の魔物を仮死状態にして、転送する。徐々に大きな物に変更していき、最後に同族で試すという方法だった。同族が届けば、自分も転送可能になる。そう結論づけた手紙に、大急ぎで返事を書く必要が出来た。
そう考えて収納空間に手を入れたオレは、失念していた彼女の性格を思い出す。即断即決、即行動を絵に描いたような性格だった。
手紙を書いた時点で、おそらく魔物を仮死状態にして準備していたはずだ。そして収納に入れたオレの手に触れる毛皮は、おそらく仮死状態の小動物だろう。大きな溜め息をついて目の前に放り出した。
転がる黒い毛皮の猫に似た生き物は、見覚えがあった。ごろんと転がる魔物は冷たく強張っており、呼吸も脈拍も感じない。足の毛皮がない肉球部分を触れるが、やはり体温もなかった。
「……サタン様、これ食べられる?」
こちらの世界にはいない魔物なのか。おっかなびっくり近づいたリリアーナが首をかしげた。
0
お気に入りに追加
1,032
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します
けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」
五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。
他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。
だが、彼らは知らなかった――。
ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。
そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。
「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」
逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。
「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」
ブチギレるお兄様。
貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!?
「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!?
果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか?
「私の未来は、私が決めます!」
皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
パーティを追い出されましたがむしろ好都合です!
八神 凪
ファンタジー
勇者パーティに属するルーナ(17)は悩んでいた。
補助魔法が使える前衛としてスカウトされたものの、勇者はドスケベ、取り巻く女の子達は勇者大好きという辟易するパーティだった。
しかも勇者はルーナにモーションをかけるため、パーティ内の女の子からは嫉妬の雨・・・。
そんな中「貴女は役に立たないから出て行け」と一方的に女の子達から追放を言い渡されたルーナはいい笑顔で答えるのだった。
「ホントに!? 今までお世話しました! それじゃあ!」
ルーナの旅は始まったばかり!
第11回ファンタジー大賞エントリーしてました!

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる