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第6章 取捨選択は強者の権利だ

124.紋章のドラゴンは飾りではない

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 テッサリア国からの使者が出向いた話は、クリスティーヌが操るネズミ経由の情報だ。アガレスが曖昧な言い方で報告したテッサリア、ビフレスト、ユーダリルの話は出所が同じだった。オリヴィエラが持ち込んだイザヴェルの軍事行動の兆しは、魔族同士の情報交換から得たものと考えられる。

 一番最初に動くのは、テッサリアだ。距離が近いこともあり、使者もすぐに到着するだろう。迎える準備を整えるため、すでにアガレスが動いている。わざわざ命令せずとも彼は役割をこなす。外交を一任するとは、そういった面倒事も含まれるとアガレスは理解していた。

 庭へ出ると、リリアーナが血塗れで走ってくる。手にした獲物の内臓を足下に投げ捨て、汚れた手をスカートで拭いた。

「リリアーナ」

「なに?」

 金瞳を瞬かせて見上げる少女の金髪を撫でれば、嬉しそうに揺れる尻尾がびたんと派手な音を立てる。ドワーフの木づちの音が止まない王宮で、狩りの獲物をバラした彼女はあどけない子供の顔で首をかしげた。黒竜王に似ているかと問われれば、親戚と呼ぶ程度には近しいと答える。親子と呼ぶには違いすぎた。

 浮かんだ疑問を子供にぶつける気はない。口にしたのは別の話だった。

「戦うのは好きか?」

「うん! 小さいのを潰しても、大きいのを齧っても楽しい」

 好戦的なドラゴンらしい発言だった。まず手をつけるのはテッサリア、この予定は変更ない。しかし使者が到着していない現状、特に急ぎの仕事はなかった。軍事行動を始めた国に脅しをかけるなら、手が空いた今が最適だ。

「散歩に出る、付き合うか?」

「行く!」

「クリスティーヌはどうした」

「リスティは寝てる」

 23匹のネズミとリンクする彼女の精神的な疲労は大きい。休める時間は休ませた方がいいだろう。夢の中であっても情報は得られるし、アガレスに伝えることも滞りなくこなしていた。問題はない。

「イザヴェルへ行く」

「背中に乗って」

 袖をつかんで笑顔で走るリリアーナについていくと、塔があった城の突端で竜化する。大きく太くなった尻尾を揺らし、黒銀の鱗を輝かせながら身を低くした。背に乗れと羽を開いて待つリリアーナの上に飛び乗り、合図に背を叩いた。

 ぶわりと風が下に押され、ドラゴンの巨体が舞い上がる。ばさりと羽ばたき、風を上手に捉えて城から滑空した。バシレイア国の後ろは高い山に守られている。その山肌に作られた城はひときわ高い場所にあった。都全体を見下ろす城から平野に向けて飛び立つドラゴンは、外壁の内外からよく見える。

「……よいタイミングだったな」

 外壁の門で沸き上がった歓声と、悲鳴や怒号を聞き分けて口元を緩めた。地上で選別作業に勤しむ彼女たちの助けになったのは間違いない。

「リリアーナ、ついでだ。存在を見せつけてやれ」

 ぐるるる……喉を鳴らす音が響き、ドラゴンの頭が下を向く。見つけた仲間へ向けて、羽を畳んで真っすぐに下りた。落ちるという表現が似合う勢いで近づき、ばさりと羽を広げて上昇気流を受ける。低空飛行して外壁を爪で弾きながら、リリアーナは機嫌よさそうに鳴いた。

 この国の紋章はドラゴンだ。その意味を突き付けるような黒竜の動きに、武器を掲げて応える衛兵や国民の声に見送られ、ドラゴンは西へ進路を取った。
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