上 下
124 / 438
第6章 取捨選択は強者の権利だ

122.虎の威を借る狐で結構

しおりを挟む
 朝日が昇る外壁の向こうに、人影が見え始めた。護衛される馬車がいくつも列を作って門の前に並ぶ。閉ざされた門の前で騒ぐ護衛を見下ろしながら、外壁の塔でオリヴィエラは欠伸をかみ殺す。

「ここまで予想通りだと、サタン様も策を練るのが楽しいでしょうね」

 呆れたと滲ませた声に返答はないが、隣のロゼマリアはドレス姿でくすくすと忍び笑う。今日のロゼマリアは黄金の髪をハーフアップにしていた。サイドに流して髪飾りで留めている。姫としての正装ならばマナー違反だが、私服に近い恰好ならば許される範囲だった。

 ドレスは胸元をレースで覆った上品な淡い色をチョイスする。一見アンバランスな組み合わせに見せるが、これも複雑な計算による仕掛けのひとつだ。肩書に相応しいドレス、未婚の王族としては相応しくない髪型の彼女を伴い、オリヴィエラは塔の上から飛び降りた。

 ふわっと足元が落ちるような感覚が襲い、全身が強張る。ロゼマリアをしっかり抱きしめて着地したオリヴィエラは、乱れたドレスの裾を直した。ロゼマリアも髪を手櫛で直し、互いに顔を見合わせて声を上げて笑う。王族の姫らしからぬ振る舞いだが、衛兵たちは微笑ましく見守った。

 魔王サタンが召喚されてから、バシレイアは豊かになっている。不足した食料を魔王自ら調達し、襲ってきたドラゴンやグリフォンを手懐けた。美女を囲う後宮を廃止し、街にあふれる孤児を離宮で養う。先代の王や貴族が食い荒らした国庫はひっ迫していたが、魔物の素材や贅沢品の売却で穴埋めした。

 他国からどう見えていようと、この国の民にとってサタンは救世主なのだ。

「陛下のご命令ですもの。きっちり選別するわよ」

 外壁の門を守る衛兵達には事前に説明を行った。それがサタンの手法のひとつでもある。末端まで指令を行き渡らせることで、軍の統括機能が生きる。何も知らずに動くのと、最終的な到達点を知りつつ目先の命令に従うのでは、兵士の士気が違った。

 オリヴィエラの号令に、彼らは拳を突き上げて応える。今までは何のために戦うのか、どうしてこの命令がなされたのか。何も理解せず従うしかなかった兵士も、この国を守るための明確な展望を示された今、己の役割をしっかり把握していた。

 この国に必要な人材のみを受け入れ、不要な者は排除する。護衛付きの貴族や王族であろうと、立場や財産の有無で判断しない。力づくで通ろうとすれば、グリフォンの制裁が下されるだろう。虎の威を借る狐で結構、借りる威を持たぬ輩に嘲笑されても痛くも痒くもなかった。

「見極めは私が行います。あなた方にお願いするのは、通した人々の保護と案内です」

「「はっ」」

 偽善と呼ばれようと食事の配給を続けた王女の命令に、衛兵達は背筋を正して返答する。夜明けの光が徐々に赤色を失い、空が青く透き通り始めた。後ろに国民が集まり、受け入れた難民への支援となる食事の配給準備を始める。

「開門時間です」

 門番を纏める男の声に、オリヴィエラとロゼマリアは頷いた。落とし格子と呼ばれる方式を利用した門は、二重の備えをしている。

 バシレイアは城塞都市であり、周囲に領土はない。小さな国であるため、国民が住まう都を丸ごと壁で囲うことが可能だった。農作業を行う者は外壁の門を出て作業し、夕方に再び門を潜って帰宅するのだ。

 内側の鉄製の扉を左右に開くと、格子の外に長い行列が見えた。太い格子は、門の脇にある滑車を回して鎖を引き上げることで開く仕組みだ。緊急時には滑車を固定する金具を外せば、門が落ちて閉まるよう工夫されていた。その格子を半分ほど持ち上げて、人が通れるぎりぎりの高さで止める。

「さあ、始めましょう」

 オリヴィエラの赤い唇が弧を描いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。  帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。  しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。  自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。   ※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。 ※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。 〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜 ・クリス(男・エルフ・570歳)   チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが…… ・アキラ(男・人間・29歳)  杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が…… ・ジャック(男・人間・34歳)  怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが…… ・ランラン(女・人間・25歳)  優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は…… ・シエナ(女・人間・28歳)  絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>

ラララキヲ
ファンタジー
 フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。  それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。  彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。  そしてフライアルド聖国の歴史は動く。  『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……  神「プンスコ(`3´)」 !!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!! ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇ちょっと【恋愛】もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

処理中です...