123 / 438
第6章 取捨選択は強者の権利だ
121.戦略は複数用意するものだ
しおりを挟む
テッサリア――豊かで大きな農耕地を持つ国だ。ここ十年ほどで、グリュポスからかなり搾取されたため、兵も軍も疲弊していた。次に攻め込まれたら、国はグリュポスに併合されただろう。
以前にアガレスが持ち込んだ資料を手に、テッサリアの位置を確認する。森を越えた先にあるグリュポスの難民が辿り着くのは、明日からか。足腰のしっかりした若者と、馬車や馬を所有する貴族や有力者が到達する頃だった。
オリヴィエラとロゼマリアは馬が合うようだ。難民の仕分けを、彼女らに担当させるのも一興か。貴族や有力者の振る舞いはロゼマリアが見抜ける。オリヴィエラは持ち前の厳しさで、彼らを切り捨てるはずだ。
この国が欲しているのは、権益を食い荒らす有力者ではない。働き手となる若者や生活の知恵を持つ女性や老人、未来を担う子供達だった。己の義務を怠りながら権利に胡座をかいた者を受け入れる気はない。
どうせ「尊い血筋が」とくだらない理由をつけて、娘を献上するくらいしか脳がないのだ。そんな輩を相手にするのは、時間の無駄だった。人間同士のやり取りなら、謁見の機会を設けるのが礼儀かも知れぬが、魔族にそのような無駄は必要ない。
魔族にとって尊ぶべきは血筋ではなく、実力だった。その意味で、黒竜王の行動は奇妙に受け取られているはずだ。しかし裏を返せば理に叶っている。強者である己の主人、前魔王の命令を忠実に守り、実行していた。
いずれ手に入る駒を思い浮かべ、口元を緩める。
「サタン様、楽しそう」
「嬉しそう?」
起きてきたリリアーナとクリスティーヌが、互いにどちらの表現が正しいか首をかしげながら、ソファの足元にペタンと座った。ロゼマリアが貴族としての振る舞いを教えているが、人前でなければ好きにして構わないとマイルールを振りかざす。この子らにマナーを教えるのは、さぞ骨が折れるだろう。
「ここ、攻めるの?」
地図の上に置かれた資料の文字を読み、リリアーナが同じ地名の国を指差す。テッサリア国の場所を食い入るように見つめ、リリアーナが意外な情報をもたらした。
「前に行ったことある」
「話せ」
「うん! この下に魔力、たくさんある! 魔物がいる、穴も」
魔物がいる穴……洞窟か何かか。地形をよく見ると、高低差を示す等高線があった。テッサリアの中心部は平らな草原地帯だが、農村部より外側は等高線の間隔が狭い。山の斜面なのだ。
マルコシアスが棲む山は独立峰だが、離れたこちらの山は連なっていた。山脈が届く先に、今回動かなかった唯一の国がある。テッサリアへの対応を変更する必要があるかも知れない。
テッサリアの領土は大半が平らな地形だった。その背後の高い山脈沿いにつながる国は、山の中腹に都を築いている。山岳民族にとって、水と土が豊かな平原は喉から手が出るほど欲しい土地だろう。
何らかの交渉を持ちかけてくる可能性が高い。グリュポスがテッサリアを併合したら、手が出せなかった。しかし軍事新興国だったグリュポスを、ドラゴンで叩き潰したバシレイアの魔王と同盟を結び、オレの噂を利用しようと考えたら……?
自分たちの手を汚さず、同盟という大義名分でテッサリアの領地に入り込むことが出来る。魔王の威光を利用し、他国を抑えてじわじわと領地を同化させる戦略か。そこまで考えて、オレは首を横にふった。そこまで頭の回る連中なら、もっと早くに手を打っただろう。
だが、戦略の練り直しと検討は過ぎることがない。何度でも、様々なケースを想定しておく必要があった。相手を最上の敵と見做し、最悪の状況を想定しておけば、後で追い詰められる無様を避けることが出来る。
「リリアーナ、その洞窟の場所がわかるか?」
「うん」
頼られたことが嬉しい少女は、褐色の指先でペンを握ると、ぐるりと小さな丸を描いた。
「ここ」
テッサリアの王都から離れ、農耕地を越えて山頂に近い場所――リリアーナの示した場所に新たな策を思いつき、口角を持ち上げた。
以前にアガレスが持ち込んだ資料を手に、テッサリアの位置を確認する。森を越えた先にあるグリュポスの難民が辿り着くのは、明日からか。足腰のしっかりした若者と、馬車や馬を所有する貴族や有力者が到達する頃だった。
オリヴィエラとロゼマリアは馬が合うようだ。難民の仕分けを、彼女らに担当させるのも一興か。貴族や有力者の振る舞いはロゼマリアが見抜ける。オリヴィエラは持ち前の厳しさで、彼らを切り捨てるはずだ。
この国が欲しているのは、権益を食い荒らす有力者ではない。働き手となる若者や生活の知恵を持つ女性や老人、未来を担う子供達だった。己の義務を怠りながら権利に胡座をかいた者を受け入れる気はない。
どうせ「尊い血筋が」とくだらない理由をつけて、娘を献上するくらいしか脳がないのだ。そんな輩を相手にするのは、時間の無駄だった。人間同士のやり取りなら、謁見の機会を設けるのが礼儀かも知れぬが、魔族にそのような無駄は必要ない。
魔族にとって尊ぶべきは血筋ではなく、実力だった。その意味で、黒竜王の行動は奇妙に受け取られているはずだ。しかし裏を返せば理に叶っている。強者である己の主人、前魔王の命令を忠実に守り、実行していた。
いずれ手に入る駒を思い浮かべ、口元を緩める。
「サタン様、楽しそう」
「嬉しそう?」
起きてきたリリアーナとクリスティーヌが、互いにどちらの表現が正しいか首をかしげながら、ソファの足元にペタンと座った。ロゼマリアが貴族としての振る舞いを教えているが、人前でなければ好きにして構わないとマイルールを振りかざす。この子らにマナーを教えるのは、さぞ骨が折れるだろう。
「ここ、攻めるの?」
地図の上に置かれた資料の文字を読み、リリアーナが同じ地名の国を指差す。テッサリア国の場所を食い入るように見つめ、リリアーナが意外な情報をもたらした。
「前に行ったことある」
「話せ」
「うん! この下に魔力、たくさんある! 魔物がいる、穴も」
魔物がいる穴……洞窟か何かか。地形をよく見ると、高低差を示す等高線があった。テッサリアの中心部は平らな草原地帯だが、農村部より外側は等高線の間隔が狭い。山の斜面なのだ。
マルコシアスが棲む山は独立峰だが、離れたこちらの山は連なっていた。山脈が届く先に、今回動かなかった唯一の国がある。テッサリアへの対応を変更する必要があるかも知れない。
テッサリアの領土は大半が平らな地形だった。その背後の高い山脈沿いにつながる国は、山の中腹に都を築いている。山岳民族にとって、水と土が豊かな平原は喉から手が出るほど欲しい土地だろう。
何らかの交渉を持ちかけてくる可能性が高い。グリュポスがテッサリアを併合したら、手が出せなかった。しかし軍事新興国だったグリュポスを、ドラゴンで叩き潰したバシレイアの魔王と同盟を結び、オレの噂を利用しようと考えたら……?
自分たちの手を汚さず、同盟という大義名分でテッサリアの領地に入り込むことが出来る。魔王の威光を利用し、他国を抑えてじわじわと領地を同化させる戦略か。そこまで考えて、オレは首を横にふった。そこまで頭の回る連中なら、もっと早くに手を打っただろう。
だが、戦略の練り直しと検討は過ぎることがない。何度でも、様々なケースを想定しておく必要があった。相手を最上の敵と見做し、最悪の状況を想定しておけば、後で追い詰められる無様を避けることが出来る。
「リリアーナ、その洞窟の場所がわかるか?」
「うん」
頼られたことが嬉しい少女は、褐色の指先でペンを握ると、ぐるりと小さな丸を描いた。
「ここ」
テッサリアの王都から離れ、農耕地を越えて山頂に近い場所――リリアーナの示した場所に新たな策を思いつき、口角を持ち上げた。
0
お気に入りに追加
1,032
あなたにおすすめの小説

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる