119 / 438
第5章 強欲の対価
117.お前の命を望むと言ったら?
しおりを挟む
「私が提案できるのは、互いへの不可侵協定です。もちろん恒久的なものではなく、一定の時間を稼ぎたい」
今の魔王を何とかするか、別の魔族を新たな王に担ぎ上げるか。己が頂点に立つ方法もあるだろう。どれを選ぶにしても、黒竜王には時間が足りなかった。
前魔王が消滅してからまだ数年程度か。前魔王の側近が他に顔を見せず、知恵者が交渉に出てこないことから殉じたと考えるのが正しい。ならば、オレ以上に黒竜王の手札は少なかった。
幸いにして武を尊ぶ気質が強い魔族において、黒竜王の地位と名は価値がある。しかしその分だけ裏に回り込もうとする輩もいるはずだった。人間と手を組み、知恵を借りて悪事を企む者もでる。こんな内憂外患の現状で、さらに新たな強敵が現れた。
黒竜王がいくら強くても、限界が近いのだろう。オレは考えるように目を伏せた。
「敵の敵は味方、か」
率直な黒竜王の提案に、彼らの事情は大まかにつかめた。不可侵協定はそのまま「こちらへ攻めてこないでくれ」という本音が透けて見える。恒久的な不可侵はオレに跳ねのけられるため、内側の憂いを払う間だけ手出しを控えて欲しい。わかりやすい要求だった。
この要求を蹴るのは簡単だ。だが……目の前の男の武骨で率直な物言いも、この潔さも気に入ってしまった。この話を呑んで、しばらく手出しを控えてやってもよいと思う程度には、彼を認めている。
問題は、この要求によるデメリットだった。不可侵となれば、新たな手足をこちらに引き込むことが出来なくなる。足りない手足をもいで回収する予定のオレは、戦いの前に準備を行うための土壌を失う。前世界に残した部下を呼び寄せることが出来れば解決する問題だが、現状の戦力だけで黒竜王率いる魔族と戦うのは厳しい。
人間は魔族との戦いに使えないし、ドラゴンやグリフォンは戦力として火力が足りなかった。吸血鬼に至ってはほぼ使えない。魔狼にドラゴンと戦えと命じるほど非道ではなく、故に提案に頷くことのデメリットは大きかった。
黒竜王の要求を呑めば、魔族との戦いは延期できる。だが延期した先で開戦された時点で、こちらが手札や駒を揃えることが出来なければ、オレ一人で戦うのと同意語だった。結界を張り、都を守って戦うことはさほど難しくない。
自信過剰と言われようと、守り切るだけの広範囲魔法を使う魔力は満ちていた。足りないのは……命令がなくても動ける末端の手足だけ。
「オレに利がない」
「何かひとつ要求を呑もう」
欲しかった一言を引き出したオレの口元が歪む。ああ……なんと哀れで愚直なのだ。だからこそ、この男が望ましい。策を弄して騙すことも出来ず、罠にかけるほど卑怯でもない。率直に敵に内情を明かしてしまった武人の真っすぐな本質が、どれだけこの世界が平和だったか教えた。
いかに武力が優れていようと、これでは魔王の側近として足りぬ。
「お前の命を望むと言ったら?」
「……っ、今すぐでなければ」
役目が終われば差し出そう。そう言い切った黒竜王は目を逸らさなかった。
この男は前魔王に殉じたかった。武人であればなおさら、主人を守って先に死ぬのが最高の誉だ。にもかかわらず、この男が生きているのは「夢魔の子を頼む」と預けられたのだろう。
無力な子供を押し付けられ、死ぬことを禁じられれば生きるしかない。どれほど苦しくても心を殺し、主人の命令を遂行して死ねる日を心待ちにしてきたはず。
「拒む理由がなくなった。協定を結ぼう」
魔法陣を刻んだ白い手を差し出せば、黒竜王の日に焼けた褐色の手が握り返す。互いの手のひらに協定を刻んだ魔法陣は、ふわりと消えた。目に見えずとも宣誓による魔法は生きている。
「では失礼する」
黒竜の角を使った靴の踵で床を叩き、転移した。
今の魔王を何とかするか、別の魔族を新たな王に担ぎ上げるか。己が頂点に立つ方法もあるだろう。どれを選ぶにしても、黒竜王には時間が足りなかった。
前魔王が消滅してからまだ数年程度か。前魔王の側近が他に顔を見せず、知恵者が交渉に出てこないことから殉じたと考えるのが正しい。ならば、オレ以上に黒竜王の手札は少なかった。
幸いにして武を尊ぶ気質が強い魔族において、黒竜王の地位と名は価値がある。しかしその分だけ裏に回り込もうとする輩もいるはずだった。人間と手を組み、知恵を借りて悪事を企む者もでる。こんな内憂外患の現状で、さらに新たな強敵が現れた。
黒竜王がいくら強くても、限界が近いのだろう。オレは考えるように目を伏せた。
「敵の敵は味方、か」
率直な黒竜王の提案に、彼らの事情は大まかにつかめた。不可侵協定はそのまま「こちらへ攻めてこないでくれ」という本音が透けて見える。恒久的な不可侵はオレに跳ねのけられるため、内側の憂いを払う間だけ手出しを控えて欲しい。わかりやすい要求だった。
この要求を蹴るのは簡単だ。だが……目の前の男の武骨で率直な物言いも、この潔さも気に入ってしまった。この話を呑んで、しばらく手出しを控えてやってもよいと思う程度には、彼を認めている。
問題は、この要求によるデメリットだった。不可侵となれば、新たな手足をこちらに引き込むことが出来なくなる。足りない手足をもいで回収する予定のオレは、戦いの前に準備を行うための土壌を失う。前世界に残した部下を呼び寄せることが出来れば解決する問題だが、現状の戦力だけで黒竜王率いる魔族と戦うのは厳しい。
人間は魔族との戦いに使えないし、ドラゴンやグリフォンは戦力として火力が足りなかった。吸血鬼に至ってはほぼ使えない。魔狼にドラゴンと戦えと命じるほど非道ではなく、故に提案に頷くことのデメリットは大きかった。
黒竜王の要求を呑めば、魔族との戦いは延期できる。だが延期した先で開戦された時点で、こちらが手札や駒を揃えることが出来なければ、オレ一人で戦うのと同意語だった。結界を張り、都を守って戦うことはさほど難しくない。
自信過剰と言われようと、守り切るだけの広範囲魔法を使う魔力は満ちていた。足りないのは……命令がなくても動ける末端の手足だけ。
「オレに利がない」
「何かひとつ要求を呑もう」
欲しかった一言を引き出したオレの口元が歪む。ああ……なんと哀れで愚直なのだ。だからこそ、この男が望ましい。策を弄して騙すことも出来ず、罠にかけるほど卑怯でもない。率直に敵に内情を明かしてしまった武人の真っすぐな本質が、どれだけこの世界が平和だったか教えた。
いかに武力が優れていようと、これでは魔王の側近として足りぬ。
「お前の命を望むと言ったら?」
「……っ、今すぐでなければ」
役目が終われば差し出そう。そう言い切った黒竜王は目を逸らさなかった。
この男は前魔王に殉じたかった。武人であればなおさら、主人を守って先に死ぬのが最高の誉だ。にもかかわらず、この男が生きているのは「夢魔の子を頼む」と預けられたのだろう。
無力な子供を押し付けられ、死ぬことを禁じられれば生きるしかない。どれほど苦しくても心を殺し、主人の命令を遂行して死ねる日を心待ちにしてきたはず。
「拒む理由がなくなった。協定を結ぼう」
魔法陣を刻んだ白い手を差し出せば、黒竜王の日に焼けた褐色の手が握り返す。互いの手のひらに協定を刻んだ魔法陣は、ふわりと消えた。目に見えずとも宣誓による魔法は生きている。
「では失礼する」
黒竜の角を使った靴の踵で床を叩き、転移した。
0
お気に入りに追加
1,032
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

目覚めれば異世界!ところ変われば!
秋吉美寿
ファンタジー
体育会系、武闘派女子高生の美羽は空手、柔道、弓道の有段者!女子からは頼られ男子たちからは男扱い!そんなたくましくもちょっぴり残念な彼女もじつはキラキラふわふわなお姫様に憧れる隠れ乙女だった。
ある日体調不良から歩道橋の階段を上から下までまっさかさま!
目覚めると自分はふわふわキラキラな憧れのお姫様…なにこれ!なんて素敵な夢かしら!と思っていたが何やらどうも夢ではないようで…。
公爵家の一人娘ルミアーナそれが目覚めた異なる世界でのもう一人の自分。
命を狙われてたり鬼将軍に恋をしたり、王太子に襲われそうになったり、この世界でもやっぱり大人しくなんてしてられそうにありません。
身体を鍛えて自分の身は自分で守ります!

パワハラ騎士団長に追放されたけど、君らが最強だったのは僕が全ステータスを10倍にしてたからだよ。外れスキル《バフ・マスター》で世界最強
こはるんるん
ファンタジー
「アベル、貴様のような軟弱者は、我が栄光の騎士団には不要。追放処分とする!」
騎士団長バランに呼び出された僕――アベルはクビを宣言された。
この世界では8歳になると、女神から特別な能力であるスキルを与えられる。
ボクのスキルは【バフ・マスター】という、他人のステータスを数%アップする力だった。
これを授かった時、外れスキルだと、みんなからバカにされた。
だけど、スキルは使い続けることで、スキルLvが上昇し、強力になっていく。
僕は自分を信じて、8年間、毎日スキルを使い続けた。
「……本当によろしいのですか? 僕のスキルは、バフ(強化)の対象人数3000人に増えただけでなく、効果も全ステータス10倍アップに進化しています。これが無くなってしまえば、大きな戦力ダウンに……」
「アッハッハッハッハッハッハ! 見苦しい言い訳だ! 全ステータス10倍アップだと? バカバカしい。そんな嘘八百を並べ立ててまで、この俺の最強騎士団に残りたいのか!?」
そうして追放された僕であったが――
自分にバフを重ねがけした場合、能力値が100倍にアップすることに気づいた。
その力で、敵国の刺客に襲われた王女様を助けて、新設された魔法騎士団の団長に任命される。
一方で、僕のバフを失ったバラン団長の最強騎士団には暗雲がたれこめていた。
「騎士団が最強だったのは、アベル様のお力があったればこそです!」
これは外れスキル持ちとバカにされ続けた少年が、その力で成り上がって王女に溺愛され、国の英雄となる物語。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる