【完結】魔王なのに、勇者と間違えて召喚されたんだが?

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)

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第5章 強欲の対価

116.弱者の罠に背を向けるは敗北同然

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「協定――か」

 互いに相談しあい妥協点を見出した末の結論を示す言葉だ。国同士の些末な現場のやり取りにも使われる単語だが、「取引」や「契約」ほどの強制力は含まない。そのため裏を勘繰ることなく、すとんと胸に落ちた。

 黒竜王という称号からして、前魔王の頃から仕えた忠臣……それも側近の一角を担う存在だろう。その実力は誰も疑わない強者であり、魔王に預けられた無力な子供を守る後見人だった。前魔王への忠誠のみで我が子の育児まで放り出し尽くすのは、魔族としては異例だ。

 それだけ前魔王が偉大だったとしたら。

「構わぬ。前魔王に一度会ってみたかった」

 正直な気持ちを付け加えたオレに、黒竜王は瞳を細めて懐かしむような顔を見せた。だがすぐに表情を引き締めると、目の前に机と椅子を並べる。執務机のようなシンプルで飾り気のない家具に、好感度が高まった。この男が本気で仕えた魔王に興味が湧く。

「どうぞ」

 進められるまま近づこうとすると、足元のヴィネがぐいっとマントを引いた。ごくりと喉を鳴らし、不安そうに小声で囁く。ハイエルフの子供の手は震えていた。オレに攻撃し「弱い魔王に従わない」と豪語した彼が嘘のようだ。突然披露した魔力による威圧に委縮したのだろう。

 子供らしい症状だった。世界の広さを知らぬから、怖いもの知らずの啖呵を切る。殴られたことのない者は、振り上げられ拳がもたらす痛みを想像できないからだ。しかし一度痛い目をみれば、振り上げた拳に怯えて首を竦める。

 今のヴィネはその状態だが、戦い方を覚えて自信を付ければ威圧に潰されることもなくなる。成長過程の子供に、いきなり大人の振る舞いを求めるのも酷だった。

「わ、罠かも……」

「罠ならば尚更引くわけに行かぬ」

 驚いた顔でこちらを見るヴィネを小脇に抱えて、無理やり椅子に座らせた。隣に愛用の椅子を取り出して並べ、自分も着座する。招く立場のマナーとして椅子の脇で姿勢よく立っていた黒竜王が、椅子に腰を下ろした。

 がたんと音が響く。玉座から見て左側、絨毯から外れた位置に用意された机と椅子に、敵同士が向かい合って座る奇妙な展開になった。

「なあ、聞いてもいいか?」

 黒竜王が攻撃してこない上、人化したため魔力量が抑えられた状況を確かめ、肩の力を抜いたヴィネが最初に声を上げた。それだけでも大した度胸だ。いきなり攻撃した時も今も、これが彼の長所であり短所なのだろう。

 威圧に怯える面もあるが、基本的に無鉄砲で考えなしだった。己の行動が引き起こす、その後の騒動まで想定して動くことが出来ない。このあたりの教育は、アガレス辺りが向いているが……はてさて。彼は忙しすぎて相手をさせる余裕はなさそうだ。

 無言で先を促せば、ヴィネは子供特有の遠慮のなさで無邪気に尋ねた。

「どうして罠がわかっても引かないんだ?」

 森の狩人であるエルフならば、危険を察知したら逃げるよう教わる。自分より強大な敵に立ち向かうことは愚か者の蛮勇と、大人は子供に言い聞かせたはずだ。

「罠を仕掛ける条件がわかるか? 自分より強い相手に対して施す手段だ。強者は罠を使う必要がない。策だけで相手を翻弄できるからな……魔族の最上位が魔王位だ。最強の名を冠する者が、弱者の罠に背を向けるは敗北同然。この世界の常識は知らんが、オレはオレの決めたルールで動く」

 ヴィネは納得した様子で頷いた。向かいの黒竜王が複雑そうな心境を示すように、肘をついた手を組んで硬く握りしめる。何かを堪える仕草で唇を湿らせ、黒竜王は毅然と顔を上げた。
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