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第4章 愚王の成れの果て
84.醜い争いを仲裁するのも上司の役目
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知らせを受け、足早に王宮内を抜ける。庭をひとつ通り、その先にある離宮へ向かった。リシュヤに任せた離宮の奥で、彼らは大騒ぎしている。
「だから、肉は焼くのがいいって」
「小さい子がいるから煮てスープにする」
「塊肉を切り分けたらどうだ?」
様々な声が飛び交う離宮の調理場の入り口で、オレはひとつ息を吸い込んだ。少し大きめの声を張り上げる。
「醜い争いをするな。さっさと料理しろ」
困惑した顔の侍女がアガレスを探しに来たため、書類に署名する手を休めてきたのだ。仲裁役のアガレスはもちろん、文官として頭角を現したマルファスも引っ張りだこだった。城内の些末な出来事の解決から仲裁に至るまで走り回る彼らだが、今はグリュポスの船に出向いている。
留守の人間を頼るわけにはいかず、侍女は困っていた。書類は後でも構わないので、事情を聞いてすぐに立ち上がる。もめごとは放置すると遺恨を残す。当事者の言い分を双方よく聞き、上位者の命令で公平な判断を求められる仕事だった。
飛び込んだ調理室にいた3人は怪訝そうな顔をする。この国の王がオレになったと知らないのだろう。別に王として崇められる必要もないため、名乗らずに仲介に入った。ひらりとマントが揺れる姿に、貴族と判断したらしい。男達の口調が柔らかくなった。
「子供に食べさせる調理法で揉めていました」
「おれは柔らかく煮た方が食べやすいと提案したんすが、こいつらは体力をつけるために肉を焼けと……」
「塊肉なら硬くなるのは外だけだろ。だから薄く切り分けて食べさせりゃいいんだよ」
全員の言い分はわかった。だが大切な部分が抜けている。
「子供達の希望は?」
「「「は?」」」
全員が何を聞かれたか分からないと顔に書いて、首をかしげた。これがそもそもの原因だと眉をひそめ、出来るだけ噛み砕いて説明する。
有能な部下がいればトップは楽を出来るが、彼や彼女らを育てるのはトップの仕事だ。きちんと育てない上司の下で、部下は実力を発揮できない。やれば出来ることを、知らないばかりに遠回りして失敗させる。自信を失えば、部下はさらに使えなくなるものだ。
彼らに今説明する手間を省けば、将来苦労するのは自分達上層部だった。
「いいか? 子供達に何を食べたいか聞いてこい。希望が多いメニューから順番に作ればいい。子供の希望ばかりだと栄養が偏るから、メニューを文官に書き出させバランスを取る必要もある。お前らの読み書きの習得も時間を取ろう」
しーんとした後、彼らは顔を見合わせて不思議そうに尋ね返した。
「字を、教えてくださるんで?」
「おれらにですかい?」
この世界で文字の読み書きは上級職だ。願っても教えてもらえないことが多い。それはロゼマリアや乳母であるエマの情報で知り得ていた。だがオレがいた世界では、ほとんどの者が読むことはこなす。文字も名前や居住している都くらいは書けるし、人口の半分は普通に文字を書けた。
同じ水準まで引き上げるのは時間がかかるが、幸いにして寿命が尽きるのは気が遠くなるほど先の話だった。いくらでも時間はある。
「そうだ。料理を終わらせた後に習えるよう、手配する。だから早く子供に希望を聞いてこい」
大喜びで駆け出す2人を見送り、1人を呼び止めた。
「食材は足りているか?」
「そりゃーもう、今は都の住人も食べるに困ってる家はほとんどありやせん。孤児達もしっかり食べてますぜ」
定期的に狩りに出るリリアーナが持ち帰る獲物は、彼らの腹を満たすに十分らしい。いずれは魔狼達にも獲物を献上させる予定だったが、しばらくは必要なさそうだった。見回した調理場内も、一通りの食材が揃っている。
さきほど希望を聞きに行った男達が戻る足音とは別に、小さな軽い足音が混じる。リシュヤが呼び止める声を無視した子供は廊下から飛び込んだ。
「いた、しゃたん様だぁ」
駆け寄る1人の幼女がよたよたと近づき、汚れた手でぺたんと膝にしがみ着いた。
「だから、肉は焼くのがいいって」
「小さい子がいるから煮てスープにする」
「塊肉を切り分けたらどうだ?」
様々な声が飛び交う離宮の調理場の入り口で、オレはひとつ息を吸い込んだ。少し大きめの声を張り上げる。
「醜い争いをするな。さっさと料理しろ」
困惑した顔の侍女がアガレスを探しに来たため、書類に署名する手を休めてきたのだ。仲裁役のアガレスはもちろん、文官として頭角を現したマルファスも引っ張りだこだった。城内の些末な出来事の解決から仲裁に至るまで走り回る彼らだが、今はグリュポスの船に出向いている。
留守の人間を頼るわけにはいかず、侍女は困っていた。書類は後でも構わないので、事情を聞いてすぐに立ち上がる。もめごとは放置すると遺恨を残す。当事者の言い分を双方よく聞き、上位者の命令で公平な判断を求められる仕事だった。
飛び込んだ調理室にいた3人は怪訝そうな顔をする。この国の王がオレになったと知らないのだろう。別に王として崇められる必要もないため、名乗らずに仲介に入った。ひらりとマントが揺れる姿に、貴族と判断したらしい。男達の口調が柔らかくなった。
「子供に食べさせる調理法で揉めていました」
「おれは柔らかく煮た方が食べやすいと提案したんすが、こいつらは体力をつけるために肉を焼けと……」
「塊肉なら硬くなるのは外だけだろ。だから薄く切り分けて食べさせりゃいいんだよ」
全員の言い分はわかった。だが大切な部分が抜けている。
「子供達の希望は?」
「「「は?」」」
全員が何を聞かれたか分からないと顔に書いて、首をかしげた。これがそもそもの原因だと眉をひそめ、出来るだけ噛み砕いて説明する。
有能な部下がいればトップは楽を出来るが、彼や彼女らを育てるのはトップの仕事だ。きちんと育てない上司の下で、部下は実力を発揮できない。やれば出来ることを、知らないばかりに遠回りして失敗させる。自信を失えば、部下はさらに使えなくなるものだ。
彼らに今説明する手間を省けば、将来苦労するのは自分達上層部だった。
「いいか? 子供達に何を食べたいか聞いてこい。希望が多いメニューから順番に作ればいい。子供の希望ばかりだと栄養が偏るから、メニューを文官に書き出させバランスを取る必要もある。お前らの読み書きの習得も時間を取ろう」
しーんとした後、彼らは顔を見合わせて不思議そうに尋ね返した。
「字を、教えてくださるんで?」
「おれらにですかい?」
この世界で文字の読み書きは上級職だ。願っても教えてもらえないことが多い。それはロゼマリアや乳母であるエマの情報で知り得ていた。だがオレがいた世界では、ほとんどの者が読むことはこなす。文字も名前や居住している都くらいは書けるし、人口の半分は普通に文字を書けた。
同じ水準まで引き上げるのは時間がかかるが、幸いにして寿命が尽きるのは気が遠くなるほど先の話だった。いくらでも時間はある。
「そうだ。料理を終わらせた後に習えるよう、手配する。だから早く子供に希望を聞いてこい」
大喜びで駆け出す2人を見送り、1人を呼び止めた。
「食材は足りているか?」
「そりゃーもう、今は都の住人も食べるに困ってる家はほとんどありやせん。孤児達もしっかり食べてますぜ」
定期的に狩りに出るリリアーナが持ち帰る獲物は、彼らの腹を満たすに十分らしい。いずれは魔狼達にも獲物を献上させる予定だったが、しばらくは必要なさそうだった。見回した調理場内も、一通りの食材が揃っている。
さきほど希望を聞きに行った男達が戻る足音とは別に、小さな軽い足音が混じる。リシュヤが呼び止める声を無視した子供は廊下から飛び込んだ。
「いた、しゃたん様だぁ」
駆け寄る1人の幼女がよたよたと近づき、汚れた手でぺたんと膝にしがみ着いた。
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