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第4章 愚王の成れの果て
76.交渉で誤魔化そうなど愚かな行為だ
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主なき玉座を背に、ロゼマリアが階段の中段に立つ。上から2段目に下りたオリヴィエラが胸を反らした。美女2人が待つ階段へ近づき、30代後半の男性が恭しく膝をつく。
サタンがいない空席を前に、彼は片膝をついて頭を下げた。礼儀としては正しいが、彼に頭を上げるよう声をかける存在が不在だ。困惑したロゼマリアが口を開こうとしたタイミングで、玉座の上に魔法陣が光った。魔力で判断したオリヴィエラが跪礼をして主君を迎える。
「お待ちしておりました、魔王陛下」
「ご苦労」
この世界での肩書はバシレイア国王になるが、サタンは別世界で魔族の頂点に立った男だ。耳に馴染んだ敬称に頷き、足元で声掛かりを待つ男を睥睨した。好意的に使者を迎える態度ではない。
肘掛けに右肘をつき、目配せをした。心得たオリヴィエラが階段を上り、玉座の左側に座る。組まない足に寄り掛かるように頭を触れさせた。その様子に息を飲んだロゼマリアだが、迷った末に同じように彼女の近くに座る。
男尊女卑が激しいこの世界で、玉座のある最上段に女性が上ることはない。女王という存在も認められず、王女や王妃であっても数段下に控えるのが礼儀だった。その慣例を簡単に破って見せ、軽く頭を下げて控える宰相の名を呼ぶ。
「アガレス」
「失礼いたします」
顔を上げたアガレスが後ろのマルファスから書類を受け取り、わざとらしく読み上げた。
「隣国グリュポスから、ライオネス王弟殿下が不祥事の謝罪に参られました」
お越しになったと表現すべきところを、わざと嫌な言い回しをする。自ら憎まれ役を買ってでるアガレスに、自然と口元が緩んだ。右肘をついた姿勢のまま「顔をあげよ」と傲慢な態度を貫く。
不祥事の謝罪は、グリュポス側の言い分だ。自分達が望まぬ好ましくない事件が起きたので、謝りに来た……人間の国家間ならば条件により聞き入れられる表現だろう。魔族ならば言葉尻を捕らえ、新たな火種を燃える炎に投下する言い方だった。
逆効果だと教えてやる理由はない。ただ不機嫌さを装いながら、溜め息をついた。許可が出たため顔を上げた男は、王弟という高い地位に似合わぬ戦士のようだ。なかなかに整った顔は、右頬と左こめかみに大きな傷があった。
右頬は剣のような鋭い刃による切り傷、こめかみは矢が掠めたのか。ぎざぎざ乱れた傷は戦場で負ったらしい。古傷を隠すことなく晒す男は、己の外見を恥じていなかった。
「このたびは我が国の一部の貴族の暴走により、貴国にご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます」
「ふむ……一部の貴族、とな?」
他に命令を下した者がいるであろう。そう匂わせれば、ライオネスは視線を伏せて詮索を避けた。こういった面倒なやり取りは人間だけの独壇場ではない。どちらかといえば、魔族の有力者の方が得意とする部類だった。
魔族は力関係がすべてと勘違いする人間は、魔族相手に交渉で勝とうとする。この男にもその傾向が見受けられた。なんとも愚かなことだ……相手の力量も知らずに斬りかかるとは。
「はい、彼らはこちらで処分いたしました。攻め込んだ兵士と将軍は貴国にお預けいたします」
なるほど。彼はまだ知らないらしい。ならば現実を教えてやろう。お前達が言い訳を手土産にケンカを売った相手が、世界を揺るがす強者だという現実を――。
「預ける? おかしなことを言う。オレに弓引いた存在を生かすわけがあるまい」
サタンがいない空席を前に、彼は片膝をついて頭を下げた。礼儀としては正しいが、彼に頭を上げるよう声をかける存在が不在だ。困惑したロゼマリアが口を開こうとしたタイミングで、玉座の上に魔法陣が光った。魔力で判断したオリヴィエラが跪礼をして主君を迎える。
「お待ちしておりました、魔王陛下」
「ご苦労」
この世界での肩書はバシレイア国王になるが、サタンは別世界で魔族の頂点に立った男だ。耳に馴染んだ敬称に頷き、足元で声掛かりを待つ男を睥睨した。好意的に使者を迎える態度ではない。
肘掛けに右肘をつき、目配せをした。心得たオリヴィエラが階段を上り、玉座の左側に座る。組まない足に寄り掛かるように頭を触れさせた。その様子に息を飲んだロゼマリアだが、迷った末に同じように彼女の近くに座る。
男尊女卑が激しいこの世界で、玉座のある最上段に女性が上ることはない。女王という存在も認められず、王女や王妃であっても数段下に控えるのが礼儀だった。その慣例を簡単に破って見せ、軽く頭を下げて控える宰相の名を呼ぶ。
「アガレス」
「失礼いたします」
顔を上げたアガレスが後ろのマルファスから書類を受け取り、わざとらしく読み上げた。
「隣国グリュポスから、ライオネス王弟殿下が不祥事の謝罪に参られました」
お越しになったと表現すべきところを、わざと嫌な言い回しをする。自ら憎まれ役を買ってでるアガレスに、自然と口元が緩んだ。右肘をついた姿勢のまま「顔をあげよ」と傲慢な態度を貫く。
不祥事の謝罪は、グリュポス側の言い分だ。自分達が望まぬ好ましくない事件が起きたので、謝りに来た……人間の国家間ならば条件により聞き入れられる表現だろう。魔族ならば言葉尻を捕らえ、新たな火種を燃える炎に投下する言い方だった。
逆効果だと教えてやる理由はない。ただ不機嫌さを装いながら、溜め息をついた。許可が出たため顔を上げた男は、王弟という高い地位に似合わぬ戦士のようだ。なかなかに整った顔は、右頬と左こめかみに大きな傷があった。
右頬は剣のような鋭い刃による切り傷、こめかみは矢が掠めたのか。ぎざぎざ乱れた傷は戦場で負ったらしい。古傷を隠すことなく晒す男は、己の外見を恥じていなかった。
「このたびは我が国の一部の貴族の暴走により、貴国にご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます」
「ふむ……一部の貴族、とな?」
他に命令を下した者がいるであろう。そう匂わせれば、ライオネスは視線を伏せて詮索を避けた。こういった面倒なやり取りは人間だけの独壇場ではない。どちらかといえば、魔族の有力者の方が得意とする部類だった。
魔族は力関係がすべてと勘違いする人間は、魔族相手に交渉で勝とうとする。この男にもその傾向が見受けられた。なんとも愚かなことだ……相手の力量も知らずに斬りかかるとは。
「はい、彼らはこちらで処分いたしました。攻め込んだ兵士と将軍は貴国にお預けいたします」
なるほど。彼はまだ知らないらしい。ならば現実を教えてやろう。お前達が言い訳を手土産にケンカを売った相手が、世界を揺るがす強者だという現実を――。
「預ける? おかしなことを言う。オレに弓引いた存在を生かすわけがあるまい」
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