77 / 438
第4章 愚王の成れの果て
75.整えられた場に不在の主
しおりを挟む
孤児院と化した離宮にいたロゼマリアは、大急ぎで支度にとりかかった。夜の外出で味わった恐怖から、城の衛兵すら近づけたがらぬお姫様だが、この国を豊かにする王の命令に逆らう気はない。可能な限りお手伝いして差し上げたいと、命令通りにドレスを選び始めた。
「これなんかどうかしら」
「お顔映りもよい色ですし、この色になさいませ」
乳母は手慣れた様子で着替えを手伝う。コルセットで腰を絞り、胸の膨らみを強調した。足が悪く以前は苦戦した編み紐を引く作業を今は難なくこなし、老女は身体を作った王女にドレスを着せていく。
背中に編み紐がある黄緑のドレスは、自分一人では着ることも脱ぐことも出来ない。肘までの袖先はすべてフリルやレースに飾られ、実用性はなかった。これこそが『傅かれる立場の女性』に相応しい衣装なのだ。常に手助けする侍女がいることが前提だった。
裾に向けて色が濃くなるスカートを着け、ビスチェタイプの後ろを紐で縛り上げる。力を入れて可能な限り絞った身体は、曲線美が悩ましい。大きくひらけたデコルテ部分にラメを散らし、大きな琥珀がついたネックレスを着けた。金細工のネックレスは彼女の金髪に馴染む。
緩やかにウェーブする長い金髪を、老女の手が素早く編み上げていく。両側に編み込んだ三つ編みを絡めて上でひとつにまとめた。白粉やラメで装った顔に、最後の仕上げとして紅を引く。
「お美しいですわ」
「これなら平気かしら」
着飾れと言われたが、誰が来るのか。どうして必要があるのかわからない。鏡の前で最終確認をしながら、迎えを待つことにした。気合を入れて締め上げたコルセットが少し苦しい。最近は孤児の相手をする日が多く、表に出なかったため緩めて生活していた。久しぶりの盛装に肩が凝る。
コココン、せっかちなノックの音に振り向くと、黒いドレスに身を包んだオリヴィエラが立っていた。上質な絹の艶が小麦色の肌に映える。身体に沿わせたシンプルなデザインだが、よく見ると生地は地模様が織り込まれ、驚くほど繊細な刺繍が施されていた。
見た目を裏切る豪華さに、制作費用を想像するとぞっとした。とんでもない値段のドレスを纏い、濃茶の髪をハーフアップにして左側に流す。その髪に絡めた真珠は、大粒で真円だった。楕円ならわかるが、円形の真珠は高額品だ。指輪やネックレスに使うことはあっても、髪に絡める使い方は贅沢だった。
首に飾られた銀色のネックレスは1粒真珠が輝く。耳に揺れる真珠のイヤリングが飾られ、整った顔はきつめの化粧が施されていた。赤い紅はひと際目を引く。どこまでも艶やかな美女は、艶のある黒いヒールで歩み寄り、鏡台の前に座るロゼマリアを上から下まで眺めて微笑んだ。
「素敵じゃない。お姫様らしいわ、これならサタン様の命令通りね」
「ありがとうございます。オリヴィエラ様もお美しいです」
乳母の手を取って立ち上がったロゼマリアは、ヒールの高い靴に履き替える。大きく膨らませたスカートの裾から、ちらりと金色の爪先が覗いた。緑と金は相性がいい。センスのある組み合わせに頷いたオリヴィエラが先に立ち、後ろをロゼマリアと乳母が続いた。
「お待たせいたしました」
「お呼びに従い、参上いたしました」
2人が顔を見せた謁見の大広間は、とんでもない状況だった。宰相アガレスが左側に立ち、右側の来客用のスペースは罪人らしき男が数人転がる。きっちり身支度を整えたアガレスの斜め後ろに文官が数人、騎士が10名ほど控えた。この国は現在貴族階級が不在のため、このような配列になったのだろう。
「サタン様はどちらですの?」
玉座の足元にある5段の階段を上ったオリヴィエラは、姿の見えない主を探す。魔力も感じ取れない状況に眉をひそめた時、入場を知らせる扉の衛兵の声が響いた。
「グリュポス王国、王弟ライオネス殿下のご入場でございます」
「これなんかどうかしら」
「お顔映りもよい色ですし、この色になさいませ」
乳母は手慣れた様子で着替えを手伝う。コルセットで腰を絞り、胸の膨らみを強調した。足が悪く以前は苦戦した編み紐を引く作業を今は難なくこなし、老女は身体を作った王女にドレスを着せていく。
背中に編み紐がある黄緑のドレスは、自分一人では着ることも脱ぐことも出来ない。肘までの袖先はすべてフリルやレースに飾られ、実用性はなかった。これこそが『傅かれる立場の女性』に相応しい衣装なのだ。常に手助けする侍女がいることが前提だった。
裾に向けて色が濃くなるスカートを着け、ビスチェタイプの後ろを紐で縛り上げる。力を入れて可能な限り絞った身体は、曲線美が悩ましい。大きくひらけたデコルテ部分にラメを散らし、大きな琥珀がついたネックレスを着けた。金細工のネックレスは彼女の金髪に馴染む。
緩やかにウェーブする長い金髪を、老女の手が素早く編み上げていく。両側に編み込んだ三つ編みを絡めて上でひとつにまとめた。白粉やラメで装った顔に、最後の仕上げとして紅を引く。
「お美しいですわ」
「これなら平気かしら」
着飾れと言われたが、誰が来るのか。どうして必要があるのかわからない。鏡の前で最終確認をしながら、迎えを待つことにした。気合を入れて締め上げたコルセットが少し苦しい。最近は孤児の相手をする日が多く、表に出なかったため緩めて生活していた。久しぶりの盛装に肩が凝る。
コココン、せっかちなノックの音に振り向くと、黒いドレスに身を包んだオリヴィエラが立っていた。上質な絹の艶が小麦色の肌に映える。身体に沿わせたシンプルなデザインだが、よく見ると生地は地模様が織り込まれ、驚くほど繊細な刺繍が施されていた。
見た目を裏切る豪華さに、制作費用を想像するとぞっとした。とんでもない値段のドレスを纏い、濃茶の髪をハーフアップにして左側に流す。その髪に絡めた真珠は、大粒で真円だった。楕円ならわかるが、円形の真珠は高額品だ。指輪やネックレスに使うことはあっても、髪に絡める使い方は贅沢だった。
首に飾られた銀色のネックレスは1粒真珠が輝く。耳に揺れる真珠のイヤリングが飾られ、整った顔はきつめの化粧が施されていた。赤い紅はひと際目を引く。どこまでも艶やかな美女は、艶のある黒いヒールで歩み寄り、鏡台の前に座るロゼマリアを上から下まで眺めて微笑んだ。
「素敵じゃない。お姫様らしいわ、これならサタン様の命令通りね」
「ありがとうございます。オリヴィエラ様もお美しいです」
乳母の手を取って立ち上がったロゼマリアは、ヒールの高い靴に履き替える。大きく膨らませたスカートの裾から、ちらりと金色の爪先が覗いた。緑と金は相性がいい。センスのある組み合わせに頷いたオリヴィエラが先に立ち、後ろをロゼマリアと乳母が続いた。
「お待たせいたしました」
「お呼びに従い、参上いたしました」
2人が顔を見せた謁見の大広間は、とんでもない状況だった。宰相アガレスが左側に立ち、右側の来客用のスペースは罪人らしき男が数人転がる。きっちり身支度を整えたアガレスの斜め後ろに文官が数人、騎士が10名ほど控えた。この国は現在貴族階級が不在のため、このような配列になったのだろう。
「サタン様はどちらですの?」
玉座の足元にある5段の階段を上ったオリヴィエラは、姿の見えない主を探す。魔力も感じ取れない状況に眉をひそめた時、入場を知らせる扉の衛兵の声が響いた。
「グリュポス王国、王弟ライオネス殿下のご入場でございます」
0
お気に入りに追加
1,029
あなたにおすすめの小説
異世界転移して5分で帰らされた帰宅部 帰宅魔法で現世と異世界を行ったり来たり
細波みずき
ファンタジー
異世界転移して5分で帰らされた男、赤羽。家に帰るとテレビから第4次世界大戦の発令のニュースが飛び込む。第3次すらまだですけど!?
チートスキル「帰宅」で現世と異世界を行ったり来たり!?
「帰宅」で世界を救え!
異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。
黒ハット
ファンタジー
前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。
自分が作ったSSSランクパーティから追放されたおっさんは、自分の幸せを求めて彷徨い歩く。〜十数年酷使した体は最強になっていたようです〜
ねっとり
ファンタジー
世界一強いと言われているSSSランクの冒険者パーティ。
その一員であるケイド。
スーパーサブとしてずっと同行していたが、パーティメンバーからはただのパシリとして使われていた。
戦闘は役立たず。荷物持ちにしかならないお荷物だと。
それでも彼はこのパーティでやって来ていた。
彼がスカウトしたメンバーと一緒に冒険をしたかったからだ。
ある日仲間のミスをケイドのせいにされ、そのままパーティを追い出される。
途方にくれ、なんの目的も持たずにふらふらする日々。
だが、彼自身が気付いていない能力があった。
ずっと荷物持ちやパシリをして来たケイドは、筋力も敏捷も凄まじく成長していた。
その事実をとあるきっかけで知り、喜んだ。
自分は戦闘もできる。
もう荷物持ちだけではないのだと。
見捨てられたパーティがどうなろうと知ったこっちゃない。
むしろもう自分を卑下する必要もない。
我慢しなくていいのだ。
ケイドは自分の幸せを探すために旅へと出る。
※小説家になろう様でも連載中
異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~
夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。
しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。
とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。
エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。
スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。
*小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
ドラゴネット興隆記
椎井瑛弥
ファンタジー
ある世界、ある時代、ある国で、一人の若者が領地を取り上げられ、誰も人が住まない僻地に新しい領地を与えられた。その領地をいかに発展させるか。周囲を巻き込みつつ、周囲に巻き込まれつつ、それなりに領地を大きくしていく。
ざまぁっぽく見えて、意外とほのぼのです。『新米エルフとぶらり旅』と世界観は共通していますが、違う時代、違う場所でのお話です。
【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。
帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。
しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。
自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。
※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる