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第4章 愚王の成れの果て
74.魔王なくば恐るるに足らず
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クリスティーヌに預け、地表に刻ませた魔法陣は城壁に沿って内側に堅固な結界を構築した。さらに魔力の回復を助ける補助魔法陣を重ねている。現在の稼働状況で魔力回復は望めなかった。この国の領土に地脈は掠める程度だ。
目の前に広げた地図に魔力で探った地脈を重ねる。魔法で焼き付けた地脈の太いパイプが、隣国グリュポスの真下を通過していた。人間は魔法を使わぬ種族ゆえ気づいていない。彼らの枯れた大地には理由があったのだ。地脈から放出される魔力が強すぎて、魔国と同じように植物は枯れ果てた。
地脈は特殊な性質があり、微弱な生命力を吸い取る。代わりに大量の魔力を蓄えて、地下水のごとく悠々と世界を巡るのだ。おそらくグリュポス国の民は、この聖国バシレイアより寿命が短いだろう。このタイミングで隣国がこの国に攻め込んだことは、よい口実となった。
この国より乾いた国であっても、地脈は利用できる。王侯貴族が使い込んだ分だけ貧しいバシレイアより、グリュポスは潤っていた。先日の買い付けも名乗りを上げるのが早かった。意気込んで買い付けに来た外交官は、宰相アガレスの仕掛けに踊らされたのだ。
彼は「陛下が不在になった場合、交渉の結果はお約束できません」と口にした。愚かにも外交官はその言葉を、そのまま王に伝えたはずだ。つまり「魔王が居なければ、バシレイアは恐るるに足らず」と。嘘と騙しが服を着て歩く外交官と思えぬ失態だった。
アガレスの真意は別にある。「魔王が居るから大人しく従う連中ばかりだ。魔王不在となれば、愚行を仕出かす者しか集まらなかった」という意味だ。真意を理解した国は大人しく静観した。しかし意味をはき違えたグリュポス王は、留守を狙えば勝てると勘違いする。
大した期待なく召し抱えた宰相だが、彼は有能で使い勝手がいい道具だ。今後も上手に駒として扱えば、オレの役に立つだろう――想定より世界征服は早くなりそうだった。
アースティルティトに並ぶ名宰相になるかもしれぬ。口元を緩めたオレの頬に、オリヴィエラの手が添えられた。玉座の肘掛けに尻を乗せ、凭れるように身体を押し付ける。
「サタン様、先ほど何を命じられましたの?」
「お前には関係ない」
「……まだ疑われていますか? 留守宅を守りましたのに」
疑われたから教えてもらえない、勘違いも甚だしい。智の番人らしからぬ考え方が多いオリヴィエラに眉をひそめた。この世界の魔族はオレが制覇した世界と違う可能性がある。すべて同じと思い込んで行動すると、痛いしっぺ返しを食らいそうだ。
クリスティーヌやリリアーナもそうだが、本来より力も知能も低い。親が育てなかった影響を考慮しても、オレが居た世界より全体に弱かった。前世界の配下が2人も来たら、この世界で無双できそうだ。
「配下であれば、我が民を守るは当然」
「つれないお言葉ですこと」
彼女は褒めれば道を踏み外す。厳しい言葉でやる気を引き出す扱いを決めたため、必要以上に甘い言葉は必要なかった。胸を強調して接触を試みる彼女を押しのけ、マントを翻して歩き出す。窓の外は徐々に暗くなり、日が暮れて夜闇が空を覆い始めた。
夜の闇はリリアーナやクリスティーヌの身を隠してくれる。彼女らも動きやすいだろう。命じた役目を果たすことは疑わない。だからその後の手配を行うことが信頼の証だった。
「オリヴィエラ」
「はい、サタン様」
駆け寄る美女を待って足を止め、わずかに視線を向けた。斜め後ろで足を止めた彼女が臣下の礼を取る。命令を待つオリヴィエラに、指示を与えた。
「ロゼマリアと共に、着飾って出迎えの準備を整えろ」
目の前に広げた地図に魔力で探った地脈を重ねる。魔法で焼き付けた地脈の太いパイプが、隣国グリュポスの真下を通過していた。人間は魔法を使わぬ種族ゆえ気づいていない。彼らの枯れた大地には理由があったのだ。地脈から放出される魔力が強すぎて、魔国と同じように植物は枯れ果てた。
地脈は特殊な性質があり、微弱な生命力を吸い取る。代わりに大量の魔力を蓄えて、地下水のごとく悠々と世界を巡るのだ。おそらくグリュポス国の民は、この聖国バシレイアより寿命が短いだろう。このタイミングで隣国がこの国に攻め込んだことは、よい口実となった。
この国より乾いた国であっても、地脈は利用できる。王侯貴族が使い込んだ分だけ貧しいバシレイアより、グリュポスは潤っていた。先日の買い付けも名乗りを上げるのが早かった。意気込んで買い付けに来た外交官は、宰相アガレスの仕掛けに踊らされたのだ。
彼は「陛下が不在になった場合、交渉の結果はお約束できません」と口にした。愚かにも外交官はその言葉を、そのまま王に伝えたはずだ。つまり「魔王が居なければ、バシレイアは恐るるに足らず」と。嘘と騙しが服を着て歩く外交官と思えぬ失態だった。
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大した期待なく召し抱えた宰相だが、彼は有能で使い勝手がいい道具だ。今後も上手に駒として扱えば、オレの役に立つだろう――想定より世界征服は早くなりそうだった。
アースティルティトに並ぶ名宰相になるかもしれぬ。口元を緩めたオレの頬に、オリヴィエラの手が添えられた。玉座の肘掛けに尻を乗せ、凭れるように身体を押し付ける。
「サタン様、先ほど何を命じられましたの?」
「お前には関係ない」
「……まだ疑われていますか? 留守宅を守りましたのに」
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