74 / 438
第4章 愚王の成れの果て
72.蛮行に相応しい罰と扱いを
しおりを挟む
腰掛けた椅子の隣で騒がしい男をみやり、飛んできた大きな吸血蝙蝠に手をかざす。伸ばした手首へ触れた蝙蝠は器用にバランスを取りながら、報告を始めた。キーキーと不気味な声ながら、主人であるクリスティーヌより言葉が達者なジンは、立派に役目を果たす。
「よい、戻れ」
許可を得て城へ戻る蝙蝠の姿が見えなくなる頃、足元の殲滅戦も幕を下ろした。踏みつぶされた蟻の群れに、わずかな間だけ黙とうを捧げる。たとえ敵であっても、圧倒的弱者であろうと、どれだけ卑怯な手段を使った者も……弔わぬ理由にはならない。
「終わった、サタン様。私、やっつけた」
興奮して赤い頬で抱き着くリリアーナを、椅子の上に座ったまま受け止める。相変わらず羞恥心の薄い子供は、嬉しそうに膝に頬ずりした。羨ましそうな顔を隠しもしないオリヴィエラも人化する。
「オリヴィエラ、嫌い。来ないで」
「許してやれ、リリアーナ」
主君として上に立つなら、彼女らの感情を受け止めた上で仲裁するのも役目だ。しかし幼い感情を振り翳すドラゴンは、裏切りに対して怒りを向ける。金髪を撫でてやれば、オリヴィエラとオレを交互に見た後……ぐるぐると喉を鳴らして唇を尖らせた。
「わかった」
ロゼマリアに礼儀作法を学ぶついでに、帝王学や歴史も覚える最中であるリリアーナは、ある書物の一文を思い浮かべていた。主君とその妻は寛容さを身につけ、失敗や裏切りを大きな器で受け止める素質が必要とされる。その文章が、リリアーナの中で優越感を伴って広がる。
――寛容な、妻。心の中に浮かんだ一言が、彼女の怒りを押さえつけた。
「殲滅の功績をもって、先日の無礼をお許しいただきたくお願い申し上げますわ」
「好きにしろ。城に戻る」
「この場はいかがします?」
大地を割って死体を飲ませる方法もある。死体の始末方法を匂わせるグリフォンに、軽く肩を竦めた。リリアーナを伴って立ち上がると、足元を一瞥して首をかしげる。
「片付けはあちらの責任だろう」
背に翼を出しながら結論を突きつけた。一瞬息を飲んだオリヴィエラは、器用に一礼して口元に笑みを浮かべる。
死体を片づけるのは隣国の仕事だ。この場で片づけてしまえば、見せしめにならない。彼らに恐怖を植え付け、喪った家族や隣人を嘆き、二度と逆らわぬよう恐怖を沁み込ませる必要があった。だから死体はしばらく野に晒す。
正面から戦いを挑んだ戦士ならば、このような非礼な扱いはしない。だが彼らは『王の留守を狙って攻め込み、他国の民を蹂躙しようとした略奪者』だった。幸いにして早く戻ったことと、残ったオリヴィエラが留守を守ったことで、大きな損害は免れたが……。
騎士や戦士が戦って死ぬのは当然だ。彼らに誇りがあり、それぞれに役目を果たすのならその死が惜しまれこそすれ、罵られることはなかった。しかしその誇りを捨て、戦えぬ無辜の民を襲うのだとしたら、それは蛮行に分類される。
愚行や蛮行には、相応しい罰と扱いを――。
城まであと僅かの場所で、ふと気づいて問いかけた。
「リリアーナ、傷はないか?」
「かすり傷、ない。なんともない」
結界を張っていたリリアーナは嬉しそうに薄い胸を張って答える。心配してもらえたと笑う彼女は、人化した背に翼だけを出現させていた。かなり器用に変化を操れるようになったのは、魔力の扱いや巡らせ方を覚えたためだろう。
あの程度の数に傷を負うようなら鍛え直さねばならぬと思ったが……「よくやった」と褒めてやれば、口を開けて笑う彼女の牙が、きらりと光った。
「よい、戻れ」
許可を得て城へ戻る蝙蝠の姿が見えなくなる頃、足元の殲滅戦も幕を下ろした。踏みつぶされた蟻の群れに、わずかな間だけ黙とうを捧げる。たとえ敵であっても、圧倒的弱者であろうと、どれだけ卑怯な手段を使った者も……弔わぬ理由にはならない。
「終わった、サタン様。私、やっつけた」
興奮して赤い頬で抱き着くリリアーナを、椅子の上に座ったまま受け止める。相変わらず羞恥心の薄い子供は、嬉しそうに膝に頬ずりした。羨ましそうな顔を隠しもしないオリヴィエラも人化する。
「オリヴィエラ、嫌い。来ないで」
「許してやれ、リリアーナ」
主君として上に立つなら、彼女らの感情を受け止めた上で仲裁するのも役目だ。しかし幼い感情を振り翳すドラゴンは、裏切りに対して怒りを向ける。金髪を撫でてやれば、オリヴィエラとオレを交互に見た後……ぐるぐると喉を鳴らして唇を尖らせた。
「わかった」
ロゼマリアに礼儀作法を学ぶついでに、帝王学や歴史も覚える最中であるリリアーナは、ある書物の一文を思い浮かべていた。主君とその妻は寛容さを身につけ、失敗や裏切りを大きな器で受け止める素質が必要とされる。その文章が、リリアーナの中で優越感を伴って広がる。
――寛容な、妻。心の中に浮かんだ一言が、彼女の怒りを押さえつけた。
「殲滅の功績をもって、先日の無礼をお許しいただきたくお願い申し上げますわ」
「好きにしろ。城に戻る」
「この場はいかがします?」
大地を割って死体を飲ませる方法もある。死体の始末方法を匂わせるグリフォンに、軽く肩を竦めた。リリアーナを伴って立ち上がると、足元を一瞥して首をかしげる。
「片付けはあちらの責任だろう」
背に翼を出しながら結論を突きつけた。一瞬息を飲んだオリヴィエラは、器用に一礼して口元に笑みを浮かべる。
死体を片づけるのは隣国の仕事だ。この場で片づけてしまえば、見せしめにならない。彼らに恐怖を植え付け、喪った家族や隣人を嘆き、二度と逆らわぬよう恐怖を沁み込ませる必要があった。だから死体はしばらく野に晒す。
正面から戦いを挑んだ戦士ならば、このような非礼な扱いはしない。だが彼らは『王の留守を狙って攻め込み、他国の民を蹂躙しようとした略奪者』だった。幸いにして早く戻ったことと、残ったオリヴィエラが留守を守ったことで、大きな損害は免れたが……。
騎士や戦士が戦って死ぬのは当然だ。彼らに誇りがあり、それぞれに役目を果たすのならその死が惜しまれこそすれ、罵られることはなかった。しかしその誇りを捨て、戦えぬ無辜の民を襲うのだとしたら、それは蛮行に分類される。
愚行や蛮行には、相応しい罰と扱いを――。
城まであと僅かの場所で、ふと気づいて問いかけた。
「リリアーナ、傷はないか?」
「かすり傷、ない。なんともない」
結界を張っていたリリアーナは嬉しそうに薄い胸を張って答える。心配してもらえたと笑う彼女は、人化した背に翼だけを出現させていた。かなり器用に変化を操れるようになったのは、魔力の扱いや巡らせ方を覚えたためだろう。
あの程度の数に傷を負うようなら鍛え直さねばならぬと思ったが……「よくやった」と褒めてやれば、口を開けて笑う彼女の牙が、きらりと光った。
0
お気に入りに追加
1,029
あなたにおすすめの小説
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
クラス転移したからクラスの奴に復讐します
wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。
ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。
だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。
クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。
まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。
閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。
追伸、
雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。
気になった方は是非読んでみてください。
【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。
帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。
しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。
自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。
※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
ダンジョン美食倶楽部
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。
身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。
配信で明るみになる、洋一の隠された技能。
素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。
一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。
※カクヨム様で先行公開中!
※2024年3月21で第一部完!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる