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第4章 愚王の成れの果て

69.勝ってからほざくがいい

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 転移で結界の外に出る。途端に怒号と悲鳴が耳を汚した。見下ろした荒野に展開する軍は、想像通り隣国の旗を掲げている。中央に厚い陣を2段に分けて敷き、左右を翼のように広げた布陣は見事だった。兵の数、およそ一万――かなり大規模な進軍だ。

 左翼、こちらから見て右側はドラゴンに襲われている。大きく息を吸ったリリアーナのブレスが直撃し、左翼は崩壊寸前だった。

「リリアーナ、戻れ」

 声を張り上げる必要はない。すこし魔力を含ませて呼べば、彼女はすぐに反応した。振り向いた直後、足元から矢が射かけられる。攻撃を弾く球体の表面に当たる矢の位置で、ぼんやりと結界の存在が浮かんだ。

 足元の蟻が仕掛ける攻撃を意に介さず、ドラゴンはばさりと羽を広げた。そのまま魔力で舞い上がる姿は、空の覇者と呼ばれる種族に相応しい貫禄がある。まだ幼いながらも最高位の黒竜であるリリアーナは、美しい鱗を閃かせて空に立つオレの前で羽ばたく。

「供をしろ」

 命じて彼女を従える。届かぬ空中へ矢を射る愚かな兵を見やり、愚行を咎めぬ最低の指揮官が居る中央の後陣へ転移した。ぱちんと指を鳴らせば呼び出される魔法陣が、すぐに広がってリリアーナごと包み込む。その一瞬に慌てて人化したリリアーナは、黒に近い紺色のワンピースに着替えた。

 彼女の意図は分からぬが、ドラゴン姿で脅す必要はないので好きにさせる。

 敵軍の中央に降り立った2人は、あっという間に包囲されて剣を向けられた。槍の穂先が四方から突きつけられる。転移で現れた相手にそれが通用すると思うあたり、本当に人間は愚かだ。

「……随分と優男だ」

 バカにするような口調で突っかかる男の鎧は豪華で、指揮官か将軍のような地位に就くことを示していた。しかし頭の中身は空っぽらしい。すたすたと歩み寄り、触れる手前で止まる。

 自分の立場を弁えず、実力差を理解しない男の行動にオレは静かに息を吐いた。まともな交渉は通用しない。このタイプは魔族にもいるが、力業で何とかなると思い込んだお山の大将気取りの愚者だった。言葉は通じても話はできない。

 身体の大きさと腕っぷしの強さが自慢の……井の中の蛙。これならば会話をする必要はなかった。力づくでどちらが上か示せばいい。

「オレに勝ってからほざくがいい」

「戦場に女連れの奴に、おれらが負けるとでも?」

 げらげら笑う品のない兵士の声を、大きく息を吸ったリリアーナが遮った。警告もなく、炎のブレスを吐き出す。吹いた炎が集まった兵士の鼻先を舐めた。しかし直接人を焼かなかったのは成長の証だ。

「リリアーナ」

 彼らの前で勝手な行動を叱るのは可哀そうだ。だが手加減を褒めるのも少し違った。ならば名を呼ぶ声に魔力と感情を込めればいい。敏感に聞き取ったリリアーナが、ワンピースから覗く尻尾で地面をびたんと叩いた。

 頬が少し赤いので、興奮しているようだ。数回叩いた尻尾の動きで、兵に動揺が広がった。先ほどまで左翼を襲ったドラゴンの攻撃、突然消えたドラゴンと呼応して現れた尻尾のある少女を連れた男。符合する内容を信じたくないのか、彼らは武器を持つ手に力を込めた。

「進軍の理由は別の者に尋ねるとしよう。滅ぼすぞ」

 冷たい声で命じた。リリアーナが竜化し、尻尾で敵を薙ぎ払う。声に反応したオリヴィエラが空中に現れ、無傷の右翼へ氷の柱を叩きつけた。悲鳴や叫び声に退避を促す指揮官の声が混じる。大量の氷の柱を出現させては軽々と地面に突き立て、足元の蟻を潰し、叩き、ひれ伏させる。容赦のない攻撃は、リリアーナも同様だった。

 狩り残した左翼や前衛を叩き潰していく。圧倒的な力の差は、まさに悪夢だった。頭を抱えて怒号を放った指揮官の目が血走っている。

「お前が……っ、お前さえ!!」

 オレを倒せば戦いの勝敗は決する。確かに間違った理論ではない。だが……彼は現実を把握する努力を怠った。なぜドラゴンやグリフォンがオレに従うのか。隣にいたドラゴンがオレを守らず戦場に身を投じたのか。答えはこの状況に示されていた。

「しねぇえええ!! 化け物がぁ!!」
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