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第4章 愚王の成れの果て
63.魔力のない魔石の指輪
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収納にしまい直した品を思い浮かべる。彼女の手紙が届くのは、何らかの品を目印にした可能性が高かった。考えられるのは魔力を帯びた品で、オレが所有する事実を彼女が把握している物だ。
窓から差し込む陽が赤を帯びてくる。日が暮れる室内は徐々に薄暗さを増した。空中をぼんやりと眺める体勢のまま、オレはアースティルティトの性格を思い出す。
自分に必要ないと判断すれば、物でも者でも切り捨てる潔い奴だった。ならば突然オレが目の前から消えても連絡を取ろうとする理由は、あの日の願い故だろう。過去の言葉にヒントを探す。
「収納空間が大きいからと無駄なものを仕舞い込み過ぎ……だったか?」
大きい家具を放り込んだままにしたオレに、彼女は数回同じ注意をした。亜空間を維持するために必要な魔力が無駄だと進言される。しかし魔力が余っているオレは面倒くさがり放置した。正直、多少の魔力を食われても整理する手間の方が面倒だったのだ。あのやり取りから、家具類を対象から排除した。
彼女に絶対に捨てないと思われた物……魔石が入った宝石箱? いや装飾品に興味はないはず……だが一度だけ指輪を強請られたことがある。収納の口を開き手を入れ、宝石箱を取り出した。魔石は有効に利用できる宝石だから保管する。こちらでも魔石が存在したのだから、同じように魔族は倒した敵の魔石を持つだろう。
いくつか魔石を眺める間に、他愛もない会話を思い出した。あれは褒美の魔石を与えた際、宝石箱に残った『魔力のない魔石の指輪』を欲しがったことがある。
「この指輪は?」
尋ねたアースティルティトへ、何と答えたのだったか。
「さて、わからぬ。生まれた時から持っていた――と」
確かそう返した。それは事実で、生まれいでた瞬間に握っていたと聞いている。何の魔石か、まったくわからない透明の金剛石は、曇りも傷もなかった。役に立たない石だが、常に魔石入れの中に一緒に入れていると答えた……この石が座標か?
オレが絶対に捨てないであろうもの。生まれた時から隣にあったもの。魔力のない魔石は本来存在しない。この金剛石も、微量過ぎて役に立たない程度の魔力は残っていた。その魔力の波形が独特で、彼女は興味深そうに眺めた。いつかこの指輪を譲られるくらい役に立つ、そう公言したほど……。
思い出すほど、この指輪のような気がした。だが確信が持てない。ならば確証を得ればいい。地金を魔法陣でいじって、右手の中指に指輪を固定した。
金色のオリハルコンの地金が、透明の魔石に反射する。普段はしない装飾品が邪魔だが、これならば指輪を座標に手紙が届けば、すぐ気づけるだろう。
完全に日が沈んだ広間はかなり暗い。魔族のほとんどは夜目が利く種族ばかりで、夜に明かりを必要としなかった。しかし人間はそうもいかない。暗い室内の静まりかえった様子から無人だと勘違いした侍女が、定められた手順に従い、灯りをつけた。手にした種火の蝋燭から、飾り燭台へ火を移していく。
次の瞬間、オレは魔力で炎を一斉に灯した。悲鳴を上げた侍女が「お許しください」と蹲る。仕事を奪ったと言われるならわかるが、何を謝罪するのか。その卑屈な態度はロゼマリアと同じだった。不機嫌になるのが自分でもわかり、八つ当たりしないために短く言葉を吐く。
「よい、行け」
許すようなことは何もない。しかし必死でもう一度頭を下げた侍女は、転びそうになりながら逃げた。肘掛けに肘をつき、顎を支えて憂鬱な気分を吐き出す。
「人間とは脆弱で、面倒な種族よ……」
哀れなほどに弱いくせに、気位だけ高く強者に吠えて噛みつく。何かに似ていると考えながら、先程の苛立ちを散らすために立ち上がった。マントを揺らして謁見の間を出る。
「サタン様!」
扉の脇に、子供が2人座っていた。膝を抱えて小さく丸まる背中には金髪と黒髪……顔を上げた彼女達は嬉しそうにオレの名を呼んだ。
「リリアーナ、クリスティーヌ……来い」
この際だ。興が乗っているときに、敵の勢力を多少削いでおくか。命じて歩き出せば、慌てて駆け寄る少女達がマントの裾を掴んだ。城門から出る必要はない。かつて召喚の塔があった広間に出たオレの後ろで、リリアーナがドラゴンの姿に戻った。
何を考えているか、彼女なりに探った結果だろう。ならば期待に応えるのが主君だ。
「狩りに出る。付き合え」
窓から差し込む陽が赤を帯びてくる。日が暮れる室内は徐々に薄暗さを増した。空中をぼんやりと眺める体勢のまま、オレはアースティルティトの性格を思い出す。
自分に必要ないと判断すれば、物でも者でも切り捨てる潔い奴だった。ならば突然オレが目の前から消えても連絡を取ろうとする理由は、あの日の願い故だろう。過去の言葉にヒントを探す。
「収納空間が大きいからと無駄なものを仕舞い込み過ぎ……だったか?」
大きい家具を放り込んだままにしたオレに、彼女は数回同じ注意をした。亜空間を維持するために必要な魔力が無駄だと進言される。しかし魔力が余っているオレは面倒くさがり放置した。正直、多少の魔力を食われても整理する手間の方が面倒だったのだ。あのやり取りから、家具類を対象から排除した。
彼女に絶対に捨てないと思われた物……魔石が入った宝石箱? いや装飾品に興味はないはず……だが一度だけ指輪を強請られたことがある。収納の口を開き手を入れ、宝石箱を取り出した。魔石は有効に利用できる宝石だから保管する。こちらでも魔石が存在したのだから、同じように魔族は倒した敵の魔石を持つだろう。
いくつか魔石を眺める間に、他愛もない会話を思い出した。あれは褒美の魔石を与えた際、宝石箱に残った『魔力のない魔石の指輪』を欲しがったことがある。
「この指輪は?」
尋ねたアースティルティトへ、何と答えたのだったか。
「さて、わからぬ。生まれた時から持っていた――と」
確かそう返した。それは事実で、生まれいでた瞬間に握っていたと聞いている。何の魔石か、まったくわからない透明の金剛石は、曇りも傷もなかった。役に立たない石だが、常に魔石入れの中に一緒に入れていると答えた……この石が座標か?
オレが絶対に捨てないであろうもの。生まれた時から隣にあったもの。魔力のない魔石は本来存在しない。この金剛石も、微量過ぎて役に立たない程度の魔力は残っていた。その魔力の波形が独特で、彼女は興味深そうに眺めた。いつかこの指輪を譲られるくらい役に立つ、そう公言したほど……。
思い出すほど、この指輪のような気がした。だが確信が持てない。ならば確証を得ればいい。地金を魔法陣でいじって、右手の中指に指輪を固定した。
金色のオリハルコンの地金が、透明の魔石に反射する。普段はしない装飾品が邪魔だが、これならば指輪を座標に手紙が届けば、すぐ気づけるだろう。
完全に日が沈んだ広間はかなり暗い。魔族のほとんどは夜目が利く種族ばかりで、夜に明かりを必要としなかった。しかし人間はそうもいかない。暗い室内の静まりかえった様子から無人だと勘違いした侍女が、定められた手順に従い、灯りをつけた。手にした種火の蝋燭から、飾り燭台へ火を移していく。
次の瞬間、オレは魔力で炎を一斉に灯した。悲鳴を上げた侍女が「お許しください」と蹲る。仕事を奪ったと言われるならわかるが、何を謝罪するのか。その卑屈な態度はロゼマリアと同じだった。不機嫌になるのが自分でもわかり、八つ当たりしないために短く言葉を吐く。
「よい、行け」
許すようなことは何もない。しかし必死でもう一度頭を下げた侍女は、転びそうになりながら逃げた。肘掛けに肘をつき、顎を支えて憂鬱な気分を吐き出す。
「人間とは脆弱で、面倒な種族よ……」
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何を考えているか、彼女なりに探った結果だろう。ならば期待に応えるのが主君だ。
「狩りに出る。付き合え」
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