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第3章 表と裏
55.世の中、上には上がいることを教えてやる
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3人の賊をリリアーナが甚振って引き裂いている頃、クリスティーヌを連れたオレは奥の部屋で顔をしかめていた。壁に飛び散った血は、頸動脈を切られた被害者のものだ。
倒れた男に近づき、膝をついて開いた目を閉じる。女性ばかりのこの離宮では、誰も死体に近づけなかったのだろう。無念を訴える眼差しを正面から受け止め、閉じさせて弔いを約束した。無言で行われる作業を、クリスティーヌは不思議そうな顔で待っている。
「この男を丁重に埋葬するよう、兵に伝えよ」
「はいっ」
恐ろしくて中を覗けないと廊下で震える侍女が走っていく。現場を眺めて、ふと違和感を覚えた。だが何がおかしいのか、判断できない。
窓がある部屋は厨房設備が並び、裏にゴミ出し用の通用口があった。天井に血が飛んでいないのは、男の死体が自ら傷口を覆った手が原因だろう。切られた瞬間は吹き出した血を、本人が押さえたことで壁に飛んでいた血が床に零れた。真っ赤な床、壁の血はまだ生乾きで……作業台に寄り掛かる形で息絶えた料理番。
「死んだのは何人だ?」
「4人にございます……っ」
駆け込んだロゼマリアの乳母であるエマが答える。支えられたロゼマリアも頷く。彼女達が確認した死亡者は4人、ホールで死んでいた侍女は2人、厨房で息絶えた料理番1人。計算が合わなかった。そこで違和感の理由に思い至る。
血の量が多すぎたのだ。人間の首を切れば大量に血は吹き出すが、一定量流れるとそこから先は固まる方が早くなる。触れた死体は弾力があり、まだ血を体内に残していた。ならば、部屋を汚す血の量が死体の数と合わない。
「侍女の死体は?」
「え……ホールに?」
何を問われたか気づかないロゼマリアは、反射的に答える。大きな緑の瞳を見開いた彼女に首を横に振った。人間は同族の死体に混乱する。彼女以外の人間に聞いても、要領を得ない返答ばかりだろう。
「クリスティーヌ」
「なに?」
「ホールとここ以外に血の臭いがするのは、どこだ?」
「……いろんな人から臭うけど、部屋はないよ」
クリスティーヌの断言に、確証が生まれた。人間が起こした事件ではない。だとすれば、考えられるのは2つ。死体を喰らうタイプの魔物が襲ってきた。または上位の魔族による襲撃だ。前者はあり得ない。なぜならばドラゴンやグリフォンがいる城に、魔物が襲ってくることはない。
自分より上位の存在がいると本能が訴える場所へ、わざわざ餌を取りに来る必要があるか。近くの村なり集落、または街の外れで人を襲えばいいのだ。そして後者ならば、手を出したのは魔王の周辺にいる魔族と断定出来た。
魔族は自分勝手でまとまりのない種族ばかりだが、弱肉強食の掟は本能に叩き込まれている。魔力で縄張り主張する強者が住まう城に、面白半分で手を出す愚は犯さない。魔力を押さえず外部への威嚇を続けたオレがいるのに、襲ってくるバカは考えられなかった。
恐怖や本能の警告を無視しても上位者を襲うのは、主人を持ち命を惜しまない者だけ。
「クリスティーヌ、足りない死体を見つけろ」
「うん!」
人間がこの場で同族を殺したのは間違いなかった。浴びた血の臭いを追ったドラゴンを引き離すためなら、なるほど策略を得意とする魔族なのだろう。己の能力に自信を持った、愚か者だ。世の中、上には上がいることを教えてやる。
人間による反乱の体を装い、こちらを揺さぶる気か。はたまた別の目的があるか……どちらでも構わない。駆け出すクリスティーヌの背を見送り、オレは口元を歪めた。
倒れた男に近づき、膝をついて開いた目を閉じる。女性ばかりのこの離宮では、誰も死体に近づけなかったのだろう。無念を訴える眼差しを正面から受け止め、閉じさせて弔いを約束した。無言で行われる作業を、クリスティーヌは不思議そうな顔で待っている。
「この男を丁重に埋葬するよう、兵に伝えよ」
「はいっ」
恐ろしくて中を覗けないと廊下で震える侍女が走っていく。現場を眺めて、ふと違和感を覚えた。だが何がおかしいのか、判断できない。
窓がある部屋は厨房設備が並び、裏にゴミ出し用の通用口があった。天井に血が飛んでいないのは、男の死体が自ら傷口を覆った手が原因だろう。切られた瞬間は吹き出した血を、本人が押さえたことで壁に飛んでいた血が床に零れた。真っ赤な床、壁の血はまだ生乾きで……作業台に寄り掛かる形で息絶えた料理番。
「死んだのは何人だ?」
「4人にございます……っ」
駆け込んだロゼマリアの乳母であるエマが答える。支えられたロゼマリアも頷く。彼女達が確認した死亡者は4人、ホールで死んでいた侍女は2人、厨房で息絶えた料理番1人。計算が合わなかった。そこで違和感の理由に思い至る。
血の量が多すぎたのだ。人間の首を切れば大量に血は吹き出すが、一定量流れるとそこから先は固まる方が早くなる。触れた死体は弾力があり、まだ血を体内に残していた。ならば、部屋を汚す血の量が死体の数と合わない。
「侍女の死体は?」
「え……ホールに?」
何を問われたか気づかないロゼマリアは、反射的に答える。大きな緑の瞳を見開いた彼女に首を横に振った。人間は同族の死体に混乱する。彼女以外の人間に聞いても、要領を得ない返答ばかりだろう。
「クリスティーヌ」
「なに?」
「ホールとここ以外に血の臭いがするのは、どこだ?」
「……いろんな人から臭うけど、部屋はないよ」
クリスティーヌの断言に、確証が生まれた。人間が起こした事件ではない。だとすれば、考えられるのは2つ。死体を喰らうタイプの魔物が襲ってきた。または上位の魔族による襲撃だ。前者はあり得ない。なぜならばドラゴンやグリフォンがいる城に、魔物が襲ってくることはない。
自分より上位の存在がいると本能が訴える場所へ、わざわざ餌を取りに来る必要があるか。近くの村なり集落、または街の外れで人を襲えばいいのだ。そして後者ならば、手を出したのは魔王の周辺にいる魔族と断定出来た。
魔族は自分勝手でまとまりのない種族ばかりだが、弱肉強食の掟は本能に叩き込まれている。魔力で縄張り主張する強者が住まう城に、面白半分で手を出す愚は犯さない。魔力を押さえず外部への威嚇を続けたオレがいるのに、襲ってくるバカは考えられなかった。
恐怖や本能の警告を無視しても上位者を襲うのは、主人を持ち命を惜しまない者だけ。
「クリスティーヌ、足りない死体を見つけろ」
「うん!」
人間がこの場で同族を殺したのは間違いなかった。浴びた血の臭いを追ったドラゴンを引き離すためなら、なるほど策略を得意とする魔族なのだろう。己の能力に自信を持った、愚か者だ。世の中、上には上がいることを教えてやる。
人間による反乱の体を装い、こちらを揺さぶる気か。はたまた別の目的があるか……どちらでも構わない。駆け出すクリスティーヌの背を見送り、オレは口元を歪めた。
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