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第3章 表と裏

50.血の契約を求めよ

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 少しすると落ち着いたクリスティーヌが、ぺたんと床に座りこんだ。そのまま横倒しになって目を閉じた子供を抱き起こせば、リリアーナが「ずるい」と口を尖らせて抗議する。オレが抱き上げる必要はないかと、リリアーナの手を取りクリスティーヌを支えさせた。

「リリアーナ、傷つけないように連れてこい。……出来るな?」

 命じた言葉に付け加えた一言で、リリアーナの金瞳が輝く。出来るはずと信頼を示された。そう考えた彼女の思考が手に取るように伝わる。大きく頷いて、尻尾を揺らしながらヴァンパイアを担いだ。

 少女が少女を担ぐ形になったが、リリアーナがドラゴンなのは周知の事実だ。誰も疑問に思わぬまま地下牢を出た。引きずられるクリスティーヌの手が、ざりざりと嫌な音を立てる。足を止めて振り返れば、慌てたリリアーナが背負い直した。おんぶした形ならば、手足を削りながら歩く心配はない。

「偉いぞ」

 労いの言葉を惜しむのは良い君主とは言えない。配下の苦労を理解して労い、時に褒美を与え、罰をちらつかせて操る。ドラゴンとしての本能が強い彼女には、罰と褒美が効果的だった。

 日差し眩しい庭を通り抜け、クリスティーヌが隠れ住んでいた倉庫に向かう。張り巡らした結界を解除して中にヴァンパイアを横たえると、自然回復により傷の消えた左手を近づけ……右手の爪で手首を再び傷つける。じわりと滲んだ血が指先に伝う頃、黒瞳がゆっくり開いた。

 赤い光に縁どられた彼女の瞳に、しり込みした様子でリリアーナが袖を掴む。本能的に恐怖と敵対心を抱いたらしい。びたんと強気で床を叩く尻尾が、好戦的に揺られていた。

「『血の契約を求めよ』」

 途中だった契約の最後の一文を告げて、クリスティーヌへ血塗れの手を差し出す。先ほど与えた血の効果か。尖った牙を手首に突き立てて、音をさせ血を啜った。回復が早いのは吸血したヴァンパイア系の特徴だ。アースティルティトも同じだった。

 魔力を含む良質の血があれば、ほぼ不死と表現できるほど回復力が上がる。アースティルティトは前魔王と戦う前にオレの血を飲み、腕を引きちぎられても、身体を半分吹き飛ばされても瞬時に回復した。魔族にあっても非常識なほどの回復力だ。

「……ん、美味しい」

 ようやく満足したのか、一定量の血を飲んだクリスティーヌが牙を引き抜いた。すこし魔力を込めれば、空いた穴が塞がる。

「気分はどうだ?」

「平気」

 あれだけ血を飲めば満足しただろう。黒髪を撫でて、後ろに隠れたリリアーナの頬に手を触れる。満足そうなリリアーナの扱いも、ようやく慣れてきた。とにかく自分が一番構われたいらしい。以前にオリヴィエラ相手に叫んでいた順番も、このことかもしれない。

「さきほど地下牢で何があったか、覚えているか?」

「……ミイラ、壊した。血、なくて……リリアーナ、いなくなって……声が聞こえた」

 思い出しながら呟く。

「歌みたい、柔らかい……声。そうしたら喉、乾いた」

 あの場所で歌を聞いた覚えはない。彼女の比喩表現だとしても、柔らかい声に心当たりはなかった。何か仕掛けがあるのだ。それも吸血系の魔族にだけ聞こえる……音。

 こういう場面で、配下が揃っていたらと思う。物理的な排除はオレ一人で出来ても、知識が追いつかなかった。各種族ごとの特性や伝承を含めたら、魔王としての長い寿命があっても把握しきれないだろう。だからこそ補佐役を各種族から選抜していたのだ。

「わかった。もう地下牢に近づくな」

「命令、従う」

 本人の同意を得ていない形だが、契約は成ってしまった。クリスティーナは魔王たるオレの眷族と見做される。視線を向けると、魅了眼もちのドラゴンが尻尾を振っていた。契約をどこまで理解しているかわからぬが、彼女も操られたら厄介だ。

「リリアーナ、お前も契約するか?」

「うん!」

 大きな声で返事があり、外見より中身が幼い少女にどう理解させたものか――説明に詰まり、珍しく言葉を探すことになった。
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