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第3章 表と裏

40.ならばお前にやろう。好きに使え

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 今のオリヴィエラにとって、殺されることは救いだ。忠義の証であり、この恐怖から逃れる方法でもあった。それを知るから逃げ道は徹底して塞ぐ。愚かな行為には、相応の報いが必要であろう。罪を犯す者は罰を覚悟して臨まなければならない。

 震える彼女の濃茶の髪を掴んで覗き込んだ。目を逸らそうとする彼女の顎を掴み、無理やり目を合わせる。青い瞳が潤むが、彼女は涙を零さなかった。なるほど、覚悟はしていたらしい。

「リリアーナ、押さえろ」

「うん」

 駆け寄ったリリアーナが竜化した手のまま、オリヴィエラの頭を固定した。巨大化した手は簡単に小さな頭を鷲掴みにする。爪が掠めた顳から血が垂れるが、リリアーナはまったく意に介さない。それはオリヴィエラ自身も似たようなものだった。殺されるならそれでいいと目を閉じてしまう。

 手のひらに複雑な魔法陣をひとつ描き、魔法文字を少し弄って内容を変更していく。改変した魔法陣を確認して、オリヴィエラの左目を開けさせた。閉じようとする彼女の青い瞳に、魔法陣が一瞬で焼きつけられる。

「きゃああっ!」

 他者の魔力が目を貫く痛みに叫んだオリヴィエラの悲鳴に、びっくりしたリリアーナがこちらを確認する。影になって、何をしたか見えなかったようだ。

「ふむ……久しぶりに使うが、腕は鈍っていなかったか」

 瞳に焼き付ける魔法陣は種類が限られる。頭部という、対象者を操るのにもっとも適した場所に使うため、用途が自然と狭まってしまうのだ。隷属、監視、洗脳……様々な魔法陣の中でもっとも扱いづらいのが、今回使った『解放』だった。

 前回使ったのはいつだったか。数十年単位で使われなかった魔法陣だが、失敗した形跡はない。

 目で合図をすれば、リリアーナは素直に手を離した。左目を押さえて蹲る美女は、激痛に震えながら顔を上げる。左目は赤く染まり、ぽたりと透明な涙が頬を滑り落ちた。生理的な涙で、痛みや恐怖によらない雫が頬を濡らす。

「それが罰だ。もうよい」

 消えろと手を振って彼女に背を向ける。あらゆるものを解放する呪いの一種だ。しばらく悩まされるだろうが、自害できなくなる利点もあった。生存本能も解放されるため、己の命を絶つ行為が妨げられる。死んで自由になれず、しかしもう魔王陣営に戻ることも不可能だった。

 この世界の魔王に対する忠義を抱えたまま、死ぬことも出来ずに生き恥を晒す――オレの命を狙う対価として軽いくらいだ。不満そうなリリアーナが唇を尖らせた。

「こんなの、罰じゃない」

「ならばお前にやろう。好きに使

 むすっとした顔でリリアーナが尻尾で床を叩く。口より先に尻尾が感情を示した。使えと言われたら、殺すわけに行かない。さすがに気づいたリリアーナを手招くと、唸り声を上げながら飛びついてきた。腕にしがみ付いた彼女の金髪を撫でる。

「お前なら理解できるはずだ」

 感情や知識が追いついていないだけで、バカではない。認める発言に、しがみ付いたまま顔を上げたリリアーナが小さく頷いた。

「サタン様……よろしいでしょうか」

 結界を解いた謁見の間に入ってきたロゼマリアが、恐る恐る声をかける。入口から踏み入らず声をかけたのは、この空間に満ちた恐怖を感じ取ったのだろう。彼女が訪れたのは、リリアーナがオリヴィエラから手を離した後だった。

 異様な雰囲気に飲まれ足を止めた彼女は、わずかに震えている。何が起きたかわからないながらも、マズイ場面に出くわした自覚はあるらしい。

「なんだ?」

「……保護されていない孤児を、また見つけました」

「すべて連れてまいれ」

「は、はい!」

 子供は次の世代を担う存在だった。大人に保護されるべき立場であり、日々の寝床や食料を心配して心を窶れさせるのは間違いだ。この世界での孤児の扱いは軽いのだろう。ロゼマリアや侍女の反応を見てもわかる。孤児を憐れんで一時的な施しはしても、保護して管理する感覚が足りなかった。

 頭の痛い問題だが、この世界の魔王を従えてから国を管理するか。管理する体制を整え足元を固めてから、魔王を排除するか。

「悩むまでもない」

 答えはすでに出ていた。
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