40 / 438
第3章 表と裏
38.どうした? 何を怯える
しおりを挟む
「なぜ……いえ、気づいてらしたのね」
疑問は途中で消え、諦めた響きが闇を震わせた。手足を拘束された状態で眉尻を下げて泣き笑いの顔を作った美女が、無防備に横たわる。拘束する闇をそのままに、部屋を閉ざしていた結界を解く。光が入って影を作ろうと、もう逃げる余地はなかった。
目を閉じていたリリアーナが、ひらひらと羽を揺らして身を起こす。軽い身のこなしで飛び降り、素足でぺたぺたと近づいたドラゴンは、ワンピースの袖が破けるのも気にせず腕を竜化した。びりびりと音を立てて裂けた布を纏いつかせた腕が、鋭い爪を覗かせる。
「オリヴィエラ、裏切った」
むっとした口調で唇を尖らせるドラゴンの爪を突きつけても、オリヴィエラの口元の苦笑は消えない。諦めに似た感情が彼女を包んでいた。
「あなたには権利があるわ」
だから殺しなさい、と目を閉じたグリフォン。ドラゴンに毒は効かないが、薬は多少効果がある。戦うことを避けるためにリリアーナを飴で眠らせ、その間にオレの息の根を止める。圧倒的強者である男に通じる筈がないのを承知で仕掛けた、オリヴィエラの事情に興味がわいた。
敗者は勝者に運命を委ねる――魔族の弱肉強食の掟に従い、グリフォンは抵抗しない。動かず待つ彼女に、鋭い爪が突き立てられることはなかった。怪訝に思ったオリヴィエラが目を開けば、リリアーナは不満そうに睨みつけながら文句をいう。
「サタン様の、命令。我慢する」
「いい子だ、リリアーナ」
不満だと訴える少女の髪を撫で、オレは組んでいた足を解いて立ち上がった。僅か数歩の距離を縮めると、闇に押さえられて床に伏せるオリヴィエラの前で屈む。さらりと肩を滑った長い黒髪が女の視界を遮った。
「これはお前の独断か。この世界の魔王とやらの指図か」
「どちらも違うわ」
失敗は死に繋がる――これはどの世界でも共通のようだ。覚悟を決めたオリヴィエラの感情は揺れない。助けてくれと哀願する醜さもなかった。これほど潔い存在が、なぜ暗殺のような手を使ったのか。黒幕の存在が浮き彫りになった。これは彼女の作戦ではない。
せめてもの詫びに、すべて暴露するつもりだろう。オリヴィエラの強い眼差しに、口元を緩めて指摘する。
「この世界で、魔王は配下に操られる存在とは嘆かわしい」
「なっ……」
オリヴィエラの声が喉に詰まる。知られていると考えなかったらしい。ここまでヒントを散りばめておいて、なぜ気づかれないと思えたのか。こちらが首をかしげるほどだ。整った顔に浮かんだ笑みを心底恐れるオリヴィエラの指先が、小刻みに揺れた。
怯える彼女の髪を指先で掬い、軽く引っ張って視線を合わせる。
「お前の事情など関係ない。あるのは、オレの命を狙った事実だけだ」
リリアーナの尻尾が床を叩く。振動で揺れた床の上で、逃げる場所も方法もなく震えるオリヴィエラに顔を近づけた。
「どうした? 何を怯える」
彼女の暴露など不要だ。今までの状況がすべてを物語っていた。
グリフォンは空で強者に分類されるが、ドラゴンより格下だ。幼くともドラゴン種の中で最強と謳われる黒竜であるリリアーナが本気で抗ったら、オリヴィエラは敗北する。見張りであり連れ戻す役目を与えられるなら、逆なのだ。グリフォンを嗾けて、黒竜を監視役とするのが正しい。
ましてやグリフォンを殺そうとするガルーダは愚の極み。毒の入った武器であろうと、下位のガルーダがグリフォンやドラゴンに勝つ図式は成り立たなかった。口封じに寄こすなら、ドラゴン種と対等に戦える種族でなくてはならない。
違和感しかない状況で、敵味方の見極めを行うオレは様々な仕掛けを施していた。
疑問は途中で消え、諦めた響きが闇を震わせた。手足を拘束された状態で眉尻を下げて泣き笑いの顔を作った美女が、無防備に横たわる。拘束する闇をそのままに、部屋を閉ざしていた結界を解く。光が入って影を作ろうと、もう逃げる余地はなかった。
目を閉じていたリリアーナが、ひらひらと羽を揺らして身を起こす。軽い身のこなしで飛び降り、素足でぺたぺたと近づいたドラゴンは、ワンピースの袖が破けるのも気にせず腕を竜化した。びりびりと音を立てて裂けた布を纏いつかせた腕が、鋭い爪を覗かせる。
「オリヴィエラ、裏切った」
むっとした口調で唇を尖らせるドラゴンの爪を突きつけても、オリヴィエラの口元の苦笑は消えない。諦めに似た感情が彼女を包んでいた。
「あなたには権利があるわ」
だから殺しなさい、と目を閉じたグリフォン。ドラゴンに毒は効かないが、薬は多少効果がある。戦うことを避けるためにリリアーナを飴で眠らせ、その間にオレの息の根を止める。圧倒的強者である男に通じる筈がないのを承知で仕掛けた、オリヴィエラの事情に興味がわいた。
敗者は勝者に運命を委ねる――魔族の弱肉強食の掟に従い、グリフォンは抵抗しない。動かず待つ彼女に、鋭い爪が突き立てられることはなかった。怪訝に思ったオリヴィエラが目を開けば、リリアーナは不満そうに睨みつけながら文句をいう。
「サタン様の、命令。我慢する」
「いい子だ、リリアーナ」
不満だと訴える少女の髪を撫で、オレは組んでいた足を解いて立ち上がった。僅か数歩の距離を縮めると、闇に押さえられて床に伏せるオリヴィエラの前で屈む。さらりと肩を滑った長い黒髪が女の視界を遮った。
「これはお前の独断か。この世界の魔王とやらの指図か」
「どちらも違うわ」
失敗は死に繋がる――これはどの世界でも共通のようだ。覚悟を決めたオリヴィエラの感情は揺れない。助けてくれと哀願する醜さもなかった。これほど潔い存在が、なぜ暗殺のような手を使ったのか。黒幕の存在が浮き彫りになった。これは彼女の作戦ではない。
せめてもの詫びに、すべて暴露するつもりだろう。オリヴィエラの強い眼差しに、口元を緩めて指摘する。
「この世界で、魔王は配下に操られる存在とは嘆かわしい」
「なっ……」
オリヴィエラの声が喉に詰まる。知られていると考えなかったらしい。ここまでヒントを散りばめておいて、なぜ気づかれないと思えたのか。こちらが首をかしげるほどだ。整った顔に浮かんだ笑みを心底恐れるオリヴィエラの指先が、小刻みに揺れた。
怯える彼女の髪を指先で掬い、軽く引っ張って視線を合わせる。
「お前の事情など関係ない。あるのは、オレの命を狙った事実だけだ」
リリアーナの尻尾が床を叩く。振動で揺れた床の上で、逃げる場所も方法もなく震えるオリヴィエラに顔を近づけた。
「どうした? 何を怯える」
彼女の暴露など不要だ。今までの状況がすべてを物語っていた。
グリフォンは空で強者に分類されるが、ドラゴンより格下だ。幼くともドラゴン種の中で最強と謳われる黒竜であるリリアーナが本気で抗ったら、オリヴィエラは敗北する。見張りであり連れ戻す役目を与えられるなら、逆なのだ。グリフォンを嗾けて、黒竜を監視役とするのが正しい。
ましてやグリフォンを殺そうとするガルーダは愚の極み。毒の入った武器であろうと、下位のガルーダがグリフォンやドラゴンに勝つ図式は成り立たなかった。口封じに寄こすなら、ドラゴン種と対等に戦える種族でなくてはならない。
違和感しかない状況で、敵味方の見極めを行うオレは様々な仕掛けを施していた。
0
お気に入りに追加
1,032
あなたにおすすめの小説

貧弱の英雄
カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!!
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

神様に与えられたのは≪ゴミ≫スキル。家の恥だと勘当されたけど、ゴミなら何でも再生出来て自由に使えて……ゴミ扱いされてた古代兵器に懐かれました
向原 行人
ファンタジー
僕、カーティスは由緒正しき賢者の家系に生まれたんだけど、十六歳のスキル授与の儀で授かったスキルは、まさかのゴミスキルだった。
実の父から家の恥だと言われて勘当され、行く当ても無く、着いた先はゴミだらけの古代遺跡。
そこで打ち捨てられていたゴミが話し掛けてきて、自分は古代兵器で、助けて欲しいと言ってきた。
なるほど。僕が得たのはゴミと意思疎通が出来るスキルなんだ……って、嬉しくないっ!
そんな事を思いながらも、話し込んでしまったし、連れて行ってあげる事に。
だけど、僕はただゴミに協力しているだけなのに、どこかの国の騎士に襲われたり、変な魔法使いに絡まれたり、僕を家から追い出した父や弟が現れたり。
どうして皆、ゴミが欲しいの!? ……って、あれ? いつの間にかゴミスキルが成長して、ゴミの修理が出来る様になっていた。
一先ず、いつも一緒に居るゴミを修理してあげたら、見知らぬ銀髪美少女が居て……って、どういう事!? え、こっちが本当の姿なの!? ……とりあえず服を着てっ!
僕を命の恩人だって言うのはさておき、ご奉仕するっていうのはどういう事……え!? ちょっと待って! それくらい自分で出来るからっ!
それから、銀髪美少女の元仲間だという古代兵器と呼ばれる美少女たちに狙われ、返り討ちにして、可哀想だから修理してあげたら……僕についてくるって!?
待って! 僕に奉仕する順番でケンカするとか、訳が分かんないよっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる