上 下
34 / 438
第2章 手始めに足元から

32.軽々しく懇願するでない

しおりを挟む
 荘厳な雰囲気を漂わせる広間で、玉座に腰掛けた魔王は眉をひそめた。勇者を召喚する魔法陣を扱えるのは人間のみ、異世界から召喚される勇者は異能の持ち主が多い。過去には勇者に倒された魔王もいるが、自分が同じ轍を踏む気はなかった。

 隣の側近を見上げれば、心得たように頷く。彼に任せておけば殺される心配はない。安堵の息を吐きながら、魔王は玉座の背もたれに身を預けた。

 黒竜の長である男が送った刺客は、召喚されたばかりの勇者を屠るだろう。勇者が魔王と拮抗する力を得るために、多くの魔物を殺して魔力を奪う必要がある。勇者が力を蓄える前、召喚された直後を狙えば敵は手も足も出ないはずだった。

 最高のタイミングで、それでも相手を過小評価することなく、ドラゴンを送り込む。完璧な作戦だった。いざというときの監視役に、グリフォンも付ける。文句のつけようがない布陣であっても、保険にガルーダを放つ側近の恐ろしさを感じた。

 完璧なはず――しかし、ドラゴンもグリフォンも……もちろん口止め役のガルーダすら戻らなかった。






 倉庫に運び込まれる麦や米を前に、オレは次の作戦に着手した。前世界でも行った施策だが、国土の正確な測量と公平な分配だ。測量自体はオリヴィエラに任せた。彼女が空中から読み取った図面を、実際の地図と照らし合わせる作業だ。細かな作業が苦手なリリアーナ向きではなかった。

 代わりに、リリアーナは食料の運搬係に任ずる。役目を与えられたのが嬉しいと尻尾を振りながら飛んで行った彼女は、わずかな時間で大量の食糧を海や国境から運び込んだ。倉庫に運ばれる食料のほとんどは、リリアーナが近隣国から徴収した今回の取引の対価だ。

「よくやった、2人とも休め」

 命じなければいくらでも働こうとするため、彼女らを強制的に休ませる。その間に、アガレスと土地の分配について話し合った。使えそうな人材に心当たりがあるというアガレスに、人事権を一時的に預ける。すべてを自分で管理しようとせず他人を上手に使うのも、良い君主の素質だ。

「……ふむ」

 足元の掃除は大まかなめどが立った。残る重要課題は、この世界の魔王への対策、何やら画策しそうな近隣国へのけん制だろうか。

「サタン様、お願いがございます」

 淑女らしからぬ騒がしさで駆け込んだロゼマリアが、伏して願い出る。いつもながら己の評価が低い娘だ。オレの所有物となった以上、今後の働きにもよるが重要なポストを任せる可能性もある。多少なり自信を持たせる必要があった。

「軽々しく懇願するでない。して、何用だ」

 聞いてやると態度で示せば、一礼して立ち上がった彼女は乱れた髪をそのままに口を開いた。

「孤児たちを保護する許可をください。私と侍女たちが面倒を見ますので……ご迷惑はおかけしません」

 必死に告げられた内容に眉をひそめた。孤児だと? 親が子を捨てると言うのか。そこでリリアーナも同じような発言をした事実が過った。

 血と家名、種族を存続させる存在として『子供』は大切に保護される。この世界の考え方や常識が多少違ったとしても、子に引き継がせない名誉や財産に価値はない。にもかかわらず、子を捨てて育てない親がいるというのか! 

「……子を、捨てたと?」

「育てられなければ、子を減らす者も出ます。親が死んだ場合もございます。どうかお慈悲を」

 床に崩れるようにして願うロゼマリアの金髪が、ドレスの上に散らばった。伏せて顔の見えないロゼマリアに溜め息をついた。そのたびに言い聞かせねば、何か発言するたびに床に身を投げ出す女らしい。これも親が子に誇りを継がせなかった結果だろう。

「孤児であってもオレの民であれば、庇護対象に値する。連れてまいれ」

 後ろに控えていた侍女たちが大慌てで駆け出す。礼を言ったロゼマリアも駆け足で出て行った。窓の外はすでに暗い。

「手間のかかる女よ」

 治安の悪い街で、夜に女たちが出歩くのは危険だと呆れ顔で後を追った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜

霞杏檎
ファンタジー
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。  帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。  しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。  自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。   ※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。 ※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。 〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜 ・クリス(男・エルフ・570歳)   チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが…… ・アキラ(男・人間・29歳)  杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が…… ・ジャック(男・人間・34歳)  怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが…… ・ランラン(女・人間・25歳)  優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は…… ・シエナ(女・人間・28歳)  絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

処理中です...