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第2章 手始めに足元から

30.オレに指図するのか?

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「ここにある物は全部不要だ」

 城の一角に積み上げた金銀財宝や豪華な家具を前に、オレは言い切った。生活するのに不要な物は、すべて食料に換える予定である。ロゼマリアに話を聞いたところ、周辺は人間の国が複数存在した。そのいくつかに財産の売却を申し出たところ、快く応じてくれるらしい。

 足を治してやった侍女が連れてきた文官は、数字の計算が得意だった。彼に計算させ、それぞれの資産価値もはっきりした。現在は各国から送り込まれた買取部隊が、並べられた品を確認している。彼らに求めた対価は、食料品や日用品、家畜や農作物の種だった。

 金細工を譲るのに、金貨を支払われても使えない。この国がいま必要とするのは、都の民を飢えさせないための食料だった。過剰な税を徴収された民の間で、食料品の供給が需要に追い付かない。働いた分だけ奪われた彼らに貯蓄する余裕もなかった。

 金貨1枚で麦1カップ程度の交換しかできない状況で、民に金を渡しても価値はない。それぐらいなら、麦や肉の配給が喜ばれるのだから。今後も配給を続けるには、一時的に他国から食料品を得る必要があった。しかし彼らも無償で渡すわけがない。

 ならば、城にある不要な財産から手を付けるのは当然だった。これは民が奪われた不当利得なのだ。民に返すのが当たり前だろう。この国の貴族が麦や家畜を金銀と交換した結果、国家の備蓄すらゼロに近い状態だった。

「こちらの絨毯と金細工を、米と交換させていただきたい」

 早い者勝ちと宣言したため、さっそく交渉が始まる。この辺の采配はある程度、文官アガレスに任せた。価値観がしっかりしており、また意外と気が強い。彼ならば簡単に言い負かされて引かないはずだ。能力が高いにもかかわらず待遇の悪い部署に配置されていたのは、アガレスが優秀な証拠だった。

 ロゼマリアの話によれば、アガレスという青年は貴族の不当な徴税に口を挟み、左遷させんされた。この腐った国で口出しすれば、命すら危うい。その状況で逆らう彼の心意気は気に入っている。

「米の量が少なすぎます」

 一言で切り捨てたアガレスは、その使者を遠ざけた。次に並んでいた者と交渉し、米の量を1.5倍にする手腕を見せる。

「ふむ、アガレスに任せよう」

 その間にドワーフの設計を確認し、孤児院を作る土地の選定を行うか。立ち上がりかけたところに、アガレスから声がかかった。

「魔王陛下はそのままでお願いします」

「オレに指図するのか? 理由を述べろ」

「この場に集まった使者の方々は、魔王陛下のお力を畏れて大人しく交渉に従ってくださいます。陛下が不在になった場合、交渉の結果はお約束できません」

 ぐるりと見回せば、おどおどと視線を伏せる使者ばかり。確かにアガレスの言葉は真実らしい。この者を引き立てて、宰相の地位でもくれてやればよく働くであろう。

「我が国で宰相となる男の言葉だ。尊重してやろう」

 重々しく告げて、再び玉座に腰を下ろす。一緒に立ち上がった美女や少女も同じように座った。赤い絨毯が敷かれた壇上に、リリアーナとオリヴィエラが侍っている。命じたわけではないが、本人たちの好きにさせた結果だった。

「サタン様の権威を示すのに、ぴったりですわ」

 オリヴィエラはそう言って床に座り、玉座の左脇にしなだれかかった。零れそうな胸元を見せつけるドレスを纏い、背に鷲の羽を出している。張り合ったのか、右側に座ったリリアーナも背に翼を生やした姿で足にしがみ付いた。

 ふわふわのワンピースで貧相な身体を隠すリリアーナは、着飾らせたところ美少女だった。大きな金の瞳や長い金髪が褐色の肌に映える。足りないふくらみをドレスで補えば、子供特有のよく変化する表情もあって愛らしかった。

 オリヴィエラもしっかり着飾り、どこかから持ち出した宝石類をつけて微笑む。誰が見ても美女だと断言する彼女は人外の証拠を背で揺らしながら、オレの足に手や頬を寄せて妖艶さを演出していた。

 彼女の言葉を借りれば「魔王は多種多様な種族の美女を侍らせる」らしい。この世界の常識に従った形だが、確かに使者たちに一定の効果は出ていた。最初は彼女達に見惚れ、次にオレに嫉妬する。最後に人外の証拠である翼や爪に気づいて青ざめた。

 圧倒的な戦闘能力を誇る魔族を従える時点で、畏怖の対象たり得る――アガレスの言い分も一理ある。よい部下を得た。にやりと笑って肘掛けに身を預けたオレの姿に、集まった使者が何を思い、何を主君へ伝えるのか。考えるだけで口元が緩んだ。
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