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第2章 手始めに足元から

22.足元の手入れと処置は必須だ

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 王宮の庭にあったベンチに腰掛ける。崩れた王宮の壁から奇跡的に逃れたベンチは、木漏れ日が心地よい庭の一角にあった。騒がしい人の気配がない場所で、ひとつ息を吐き出す。考えを纏めるのに他人の目がわずらわしく、邪魔だった。

 夕暮れの赤く染まった空を睨みつけ、今後の方針を決める。

 この世界の魔王の思惑の確認は、必須だ。世界制覇などと意味不明の言葉を吐く夢魔だというが、配下に入れるか捨てるか考えねばならぬ。この世界から戻れぬのならば、己の居心地が良い空間に手直しは避けて通れない。まず、足元の掃除からだ。

 舌打ちして振り返った先には、崩れかけた壁に寄り掛かる城があった。ドラゴンが住まう地区にありながら、その対策費を削った結果だろう。リリアーナが降りて飛ぶだけで壊れる。木造のやわな造りは、漆喰で外見を誤魔化しているが手抜きもいいところだった。

 急ぐべきは、民の飢えをしのぐ方法だ。今日集まった者以外にも、あちこちにケガ人や病人など働けない者がいるだろう。も考えなくてはならない。さらに住民の姿は薄汚れ、かなり臭う。衛生的にも問題があるのでが必要だった。

 ある程度手入れが終われば、あとの維持は簡単だ。その間に王城を整え……ああ、地下に放り込んだ反逆者共の処遇もあったか。面倒だとため息が漏れる。

 以前なら配下の者に一言命じるだけでよかった。一を聞いて十を知る彼女らのお陰で、指示は最小限で済む。こちらで長い生を過ごすなら、側近を決めて教育が最優先かも知れないな。リリアーナは愛玩物だから除外するが、戦闘ならば役立つだろう。オリヴィエラは少し鍛えれば、使えそうだ。

 考え事をするオレの前に、小さな子がおずおずと歩み寄った。手に白い花を持っている。何度か言い淀む仕草を見せる子供を見つめながら、オレは首をかしげた。

「何か用か?」

「……ごはん、ありがとう」

 ぼそぼそと口の中で礼を言うと、手にした花を投げつけて走っていった。落としたともぶつけられたとも判断できる状態だが、とりあえず拾う。人間は感謝の証に花を贈ると聞いたな。過去の記憶を探りながら、立ち上がった。

 走ってすぐに転んだ子供に向けて、魔力を放つ。膝を擦りむいた子供の傷を治してやり、細い手足を掴んで確認した。骨の上に皮が張りついたような細い腕、栄養状態が悪すぎる。強く握れば折れそうだ。肌が黒ずんでいるのも、汚れだろう。

 魔力を操って腕を洗ってみる。案の定、肌の色は数段明るくなった。これは本格的に手入れをしないと、この国は使い道がなくなりそうだ。

「あの……」

 子供は痩せすぎて男女の区別がつかない。子供特有の甲高い声が、余計に判別を困難にしていた。ひそめた眉の所為で怖がられたようだが、振りほどいて逃げる様子はない。

「病人やケガ人の家はわかるか?」

「うん」

「ならば、明日もここへ来い。用がある」

 それだけ言って子供を洗浄してから立ち上がった。歩き出した背中に「ありがと」と小さな礼が届く。僅かに視線を向けて頷けば、子供は隣を通り抜けて走っていった。ぽつぽつと灯りはじめた街の灯に向かう子供を見送るオレの頭上で、派手な悲鳴があがる。

 魔力感知の範囲に入ったリリアーナは、複数の魔力を連れていた。爪で掴んだ複数の魔力はドワーフだったらしく、小人が芝の上に放り出される。まだ上空のドラゴンへ文句を言う彼らは、5人ほどだ。

「こら、下りてこい」

「なんてことしやがる」

 彼らの罵声から、無理やりさらってきたのだと知れた。まあ仕事を与えれば、彼らの機嫌は直るので問題ない。腰の高さほどの小人はオレに気づかぬまま、空に斧を振り翳して怒鳴り続けた。

「おりろぉ!!」

 暴れるドワーフを避けて、ドラゴンは弧を描きながら高度を下げた。暗くなった空をさらに黒く染めて降り立つリリアーナが、ドラゴンから人型に戻る。首に巻いていた布を身体に巻こうと弄り始め、元のようにドレスに出来ず泣き出した。
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