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第2章 手始めに足元から
13.慈善の王女の命令ならば民も従うであろう
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「触れるぞ」
断った直後、右手に魔法陣を描く。左手にも別の魔法陣を作り出し、先に右手を当てた。少し待って手を離し、左手の魔法陣も発動させる。最後に症状を固定する魔法陣を彼女の足元に描いて終わりだ。さほど難しい術ではないが、魔力の調整が難しかった。
「ふむ。骨折が原因か」
転倒による骨折が元で捻じれた足は、侍女であった彼女が払う治療費では痛みの軽減しかできなかった。そのため仕事に戻りたいと願う侍女に出来たのは、捻じれたままの足でも歩ける義足となる靴を得ること。
「立ち上がってみろ」
「彼女は足が……」
「サタン様、治した。歩ける」
咄嗟に口を開いたロゼマリアに、リリアーナは淡々と説明した。魔力や魔法が身近な魔族なら理解しただろうが、微弱な魔力しか持たぬ人間には現実を突きつける方が早い。リリアーナの説明の途中で侍女を立たせた。
一瞬ぐらりと傾きかけた身体が、たたらを踏んで堪える。右足は正常に機能していた。しかし不満がひとつある。長年酷使した足に痛みが残っているらしい。かなり上位の魔術を施したにも拘わらず、足をついた瞬間に侍女が顔を顰めたのだ。
「気に入らないな」
舌打ちして侍女の足に手を伸ばせば、驚いた彼女は後ろに下がった。この世界ではロゼマリアだけでなく、侍女を含めたすべての女性が踝まで届くスカートを着用している。異性に足を晒すのははしたない行為と考えるのだろう。
自分の常識に当てはめて納得し、侍女の足元へ魔法陣を放った。ぶわりとスカートの裾が揺れるが、すぐに老女は目を見開く。数歩あるいて確かめ、ロゼマリアを振り返った。
「姫様、歩けます。私、歩いていますよね」
自分の感覚が信じられないらしく、確かめるようにロゼマリアに尋ねる。震える声に滲んだ喜びに、ロゼマリアの頬を涙が零れた。
「ええ、歩いてるわ。すごい、奇跡だわ」
喜ぶ彼女らが抱き合って喜ぶ姿を前に、リリアーナが首をかしげる。袖を引っ張って注意を引くと、無邪気に尋ねた。
「泣くの、不思議。いいことなのに、泣くの」
「人間は嬉しいと泣くこともある。お前も覚えておけ」
頷くリリアーナは、どうやら他者の感情に触れる機会が少なかったらしい。情緒未発達の状態だと判断し、接触を増やさなければならないと髪を撫でた。触れることを嫌がらないリリアーナは、すり寄ってさらに撫でてもらおうと甘える。
可愛い小動物……これがペットというやつか。
戦闘ばかりで殺伐としたオレの日常を心配した部下に、愛玩動物を飼ったらどうかと勧められたことを思い出す。簡単に抱き上げられる小動物がいいと選んでいたが、受け取る前に飛ばされてしまった。彼女らはどうしているのか。
考えに沈みそうなオレの袖を掴むリリアーナが、不安そうに唸る。自分へ向けられた関心が逸れたことを、敏感に察したようだ。与えられなかったから失わないよう必死になる。哀れなほど必死なリリアーナの髪をもう一度撫でた。
手を差し出すと、嬉しそうに両手で掴んでついてくる。存外、ペットも可愛い物だ。部下が勧めたのも頷けるな。納得しながら、試しに抱き上げてみた。
「サタン様、高い」
喜ぶ表情に釣られて、口元が少しばかり緩んだ。
「ありがとうございます。恩情に感謝申し上げます」
礼を口にするロゼマリアに振り返ったオレは、緩んだ口元に気づいていなかった。正面から目撃したロゼマリアの頬が赤くなる。ついでに後ろの侍女の顔も赤く染まった。部下達も同じような反応を見せていたので、女はどの世界でも同じなのだと考えを切り捨てる。
「感謝ならば形で示せ。街の民を城に呼び入れろ。慈善の王女の命令ならば民も従うであろう」
断った直後、右手に魔法陣を描く。左手にも別の魔法陣を作り出し、先に右手を当てた。少し待って手を離し、左手の魔法陣も発動させる。最後に症状を固定する魔法陣を彼女の足元に描いて終わりだ。さほど難しい術ではないが、魔力の調整が難しかった。
「ふむ。骨折が原因か」
転倒による骨折が元で捻じれた足は、侍女であった彼女が払う治療費では痛みの軽減しかできなかった。そのため仕事に戻りたいと願う侍女に出来たのは、捻じれたままの足でも歩ける義足となる靴を得ること。
「立ち上がってみろ」
「彼女は足が……」
「サタン様、治した。歩ける」
咄嗟に口を開いたロゼマリアに、リリアーナは淡々と説明した。魔力や魔法が身近な魔族なら理解しただろうが、微弱な魔力しか持たぬ人間には現実を突きつける方が早い。リリアーナの説明の途中で侍女を立たせた。
一瞬ぐらりと傾きかけた身体が、たたらを踏んで堪える。右足は正常に機能していた。しかし不満がひとつある。長年酷使した足に痛みが残っているらしい。かなり上位の魔術を施したにも拘わらず、足をついた瞬間に侍女が顔を顰めたのだ。
「気に入らないな」
舌打ちして侍女の足に手を伸ばせば、驚いた彼女は後ろに下がった。この世界ではロゼマリアだけでなく、侍女を含めたすべての女性が踝まで届くスカートを着用している。異性に足を晒すのははしたない行為と考えるのだろう。
自分の常識に当てはめて納得し、侍女の足元へ魔法陣を放った。ぶわりとスカートの裾が揺れるが、すぐに老女は目を見開く。数歩あるいて確かめ、ロゼマリアを振り返った。
「姫様、歩けます。私、歩いていますよね」
自分の感覚が信じられないらしく、確かめるようにロゼマリアに尋ねる。震える声に滲んだ喜びに、ロゼマリアの頬を涙が零れた。
「ええ、歩いてるわ。すごい、奇跡だわ」
喜ぶ彼女らが抱き合って喜ぶ姿を前に、リリアーナが首をかしげる。袖を引っ張って注意を引くと、無邪気に尋ねた。
「泣くの、不思議。いいことなのに、泣くの」
「人間は嬉しいと泣くこともある。お前も覚えておけ」
頷くリリアーナは、どうやら他者の感情に触れる機会が少なかったらしい。情緒未発達の状態だと判断し、接触を増やさなければならないと髪を撫でた。触れることを嫌がらないリリアーナは、すり寄ってさらに撫でてもらおうと甘える。
可愛い小動物……これがペットというやつか。
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考えに沈みそうなオレの袖を掴むリリアーナが、不安そうに唸る。自分へ向けられた関心が逸れたことを、敏感に察したようだ。与えられなかったから失わないよう必死になる。哀れなほど必死なリリアーナの髪をもう一度撫でた。
手を差し出すと、嬉しそうに両手で掴んでついてくる。存外、ペットも可愛い物だ。部下が勧めたのも頷けるな。納得しながら、試しに抱き上げてみた。
「サタン様、高い」
喜ぶ表情に釣られて、口元が少しばかり緩んだ。
「ありがとうございます。恩情に感謝申し上げます」
礼を口にするロゼマリアに振り返ったオレは、緩んだ口元に気づいていなかった。正面から目撃したロゼマリアの頬が赤くなる。ついでに後ろの侍女の顔も赤く染まった。部下達も同じような反応を見せていたので、女はどの世界でも同じなのだと考えを切り捨てる。
「感謝ならば形で示せ。街の民を城に呼び入れろ。慈善の王女の命令ならば民も従うであろう」
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