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第2章 手始めに足元から

12.縋る癖を直せ、不愉快だ

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「片付ける……とは、どのようなことを」

 怯えを含んだロゼマリアの言葉に、オレは端的に返した。

「言葉通りだ。二度言わせる気か」

 溜め息をついて先に立って歩き出した。尻尾を大きく揺らしながらついてくるリリアーナに、無邪気な発言がロゼマリアを打ちのめした自覚はない。少し進んで一度足を止めた。振り返った先でまだ項垂うなだれたロゼマリアの姿に眉をひそめる。

「早く来い。この城のどこに何があるのか、わからん」

「は、はい」

 侍女の手を借りて身を起こしたロゼマリアが駆け寄る。近づくとカーテシーをして伏せる彼女は、上から命じられることに慣れていた。つまり王族でありながら、貴族や王に意見する力は彼女にない。最初の謁見時の様子からも、彼女が軽んじられた王族である事実は確実だった。

 ここは、ずる賢く悪い者ほど得をする場所だったらしい。

「倉庫に案内しろ」

「宝物庫、でしょうか」

 何を勘違いしているのか、ロゼマリアの侍女が口を挟んだ。不機嫌さに拍車がかかる。世界を跨いだから意思の疎通に齟齬そごがあるのか? この世界は前の世界より愚鈍ぐどんな者が多いのか。どちらにしろ疲れる。

 一から十まで説明しなくては伝わらぬとは、人間は不便な種族だ。

「宝物庫に食料はあるまい? 備蓄倉庫だ」

 飢えた者に宝石を渡したところで価値はない。砂漠で水を欲しがる者に、黄金を与えても意味がない。必要なのは飢えた国民の口に入る備蓄食料だった。

 慌てて案内に立つ侍女の後ろを歩き出す。よく見れば老婆のようだが……そういえば、この女はロゼマリアが錯乱したとき庇った女だ。王妃より立派な振る舞いをした彼女は、足が悪いのだろう。隠しているが、歩きづらそうに引きずっていた。

「とまれ」

 突然の命令変更に、侍女はびくりと震えた。怯えた顔をする彼女の前に回り、頭2つ分ほど低い顔を覗き込む。慌てたロゼマリアが声をあげた。

「彼女に不手際があれば私が補います。どうかお慈悲を」

すがる癖を直せ。不愉快だ」

 ロゼマリアに言い放つ。何かあるたびに「お慈悲」だの「お助け」だの口にする癖は、彼女なりの処世術なのだろう。継承順位の低い王族が処分されないため、常に腰を低く穏やかで野心などないと振る舞う。理屈は分かるが、必要以上にへりくだる姿は、見ているこちらが不快だった。

 もっと堂々と顔上げていればいい。

「足が悪いのならば先に言え。どちらの足だ?」

 侍女に問うと諦めたように顔色が曇った。足を切断される絶望感に似た暗い感情を滲ませ、侍女はわずかにスカートの先から足をみせる。加工した靴は捻じれて曲がった足でも真っすぐ歩けるよう、無理やり向きを戻すものだった。

 拷問具に等しい靴を履いた侍女の右足に触れるため、身を屈める。後ろから興味津々で覗き込むリリアーナが、目を見開いた。

「痛そう」

「痛むであろうな」

 何らかの事故か病でねじ曲がった足は、そのままでは地につけない。短くなった長さを補うために木製厚底にした。重い木靴はバンドで足を固定して引きずる形状だった。にも拘らず、この侍女は音をさせる不作法を防ごうと足を酷使している。

 バンドが固定した膝から下の肌は硬く変質していた。ずり落ちるバンドに擦られ、重い木靴を支え、生身の足は分厚い皮膚を纏ったのだ。これほどの痛みを我慢しても宮廷から辞さない理由は、やはりロゼマリアを守るためか。

「お前の献身は認めるが、苦行を己に課す愚かさは理解できぬ」

 無造作に膝をついて彼女の木靴に手を触れた。ぱらりとベルトの革が切れて落ちる。足が解放されてふらついた老女を、ロゼマリアが支えた。許しもなく立ち上がるなど、今までの彼女なら行わなかっただろう。己の行動に戸惑うロゼマリアに頷いた。

「それでよい」

 肯定されたロゼマリアが驚いた表情で固まる。その間に傷だらけの分厚い皮膚に手を伸ばした。
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