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第2章 手始めに足元から
10.民以外は助けなくてよい、と?
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魔力を込めた言霊がそのまま叩きつけられ、塔の石材がぐにゃりと飴細工のように溶けて流れた。高熱で庭の木々を枯らし焼きながら、塔は黒いタール状の物質へと変化する。風で刻んだら組み立てることができる。魔法陣を複写すれば、新しい場所で復元できただろう。
粉々に砕くより溶かして原型をなくす方が、人間にとって脅威だと判断した。塔があった場所にくすぶる高熱が、じわじわと押し寄せて頬や黒髪に熱を伝える。これで魔法陣の痕跡を探ることは出来なくなった。
「ふむ、こんなものか」
魔力の消費量を確認した。減ったと実感できるほどの変化はなく、以前より魔力量は多く使えそうだ。口元をわずかに緩めた時、黒衣の袖をきゅっと握られた。左手の袖を掴む傷だらけの褐色の手が、わずかに震えている。
怖がらせたか?
「……今の、私も出来るようになる?」
「この程度、すぐに覚える」
感心したような彼女の声に、奇妙な違和感が残った。もしかしてドラゴンなのに、ブレスが使えないのか? 最大の武器であり、またドラゴン種は炎系の魔法が得意だ。幼い所為かも知れないな。親が教えていないのか。
「リリアーナ、親はどうした」
「いないよ」
けろりと答える彼女に、悲壮感はなかった。当然とばかりに言い放たれた内容は、とんでもない現実だった。親が、いない? 少女はこの世界の魔王の使いとして訪れた。まさか……リリアーナの親は魔王に。
「殺されたのか」
「父は、魔王のとこ。母は知らない」
まだ子供と呼べる外見のリリアーナは、尋ねられた通り素直に答える。しかしドラゴンは本来愛情深く子を育てる種族だった。魔王の部下である父はともかく、母を知らないという表現は不自然だ。
考えられるのはリリアーナが卵の段階で死別した可能性だが、それならば父竜は片時も離れず育てるはずだった。放置して魔王の側にいるのはおかしい。とりあえず必要な情報は把握できたので、これ以上詮索しても仕方あるまい。本人に気に病んだ様子がないのは、救いだった。
人型であると小柄なのは、彼女の精神が幼いことと関係あるだろう。遠慮がちに袖をつかむ子供は、少し首をかしげて見上げてくる。親の愛情を確かめる子竜の仕草を思い出させた。
「わかった。オレが面倒を見るゆえ、付いてこい」
「うん!!」
喜ぶ姿に目を細める。やはりまだ子供ではないか。可愛いものだ。そう考えながら、手に馴染むリリアーナの金髪を撫でた。
「この世界の魔王とやらを滅ぼしに、……そこの者、出てまいれ」
振り返らず、わずかに顔だけを動かして左後ろを示す。塔の外に待たせた騎士達が逃げたのは気配で察していたが、これはまた別の存在だった。弱い魔力だが、水のような涼やかさを纏う。この気配には覚えがあった。
「オレは命じたぞ、ロゼマリア」
従わぬなら従わせると匂わせる。庭の茂みに隠れるようにしていたロゼマリアが飛び出し、芝生の上に伏せた。跪礼より深く、両膝をついて頭を下げる。両手を組んだ姿は神に祈りを捧げる姿に似ていた。
「何の真似だ」
跪けと命じていない。出てこいと言ったのだが、彼女は小さく震えながら答えた。
「我が国が行った召喚の……非礼を伏してお詫び申し上げます。どうか、どうか民だけはお救いください」
「姫様!」
叫んで飛び出した侍女が彼女の脇で同じようにひれ伏した。頭を地面に擦りつけるようにした彼女の手が、守るようにロゼマリアを庇う。
「民だけでよいのか?」
意地悪い質問だが、彼女の言葉通りならば「民以外は助けなくていい」と取れる。王侯貴族は含まれないと言外に告げるならば、その理由があるだろう。答えを待てば、ロゼマリアは緊張した面持ちで頭をあげた。
粉々に砕くより溶かして原型をなくす方が、人間にとって脅威だと判断した。塔があった場所にくすぶる高熱が、じわじわと押し寄せて頬や黒髪に熱を伝える。これで魔法陣の痕跡を探ることは出来なくなった。
「ふむ、こんなものか」
魔力の消費量を確認した。減ったと実感できるほどの変化はなく、以前より魔力量は多く使えそうだ。口元をわずかに緩めた時、黒衣の袖をきゅっと握られた。左手の袖を掴む傷だらけの褐色の手が、わずかに震えている。
怖がらせたか?
「……今の、私も出来るようになる?」
「この程度、すぐに覚える」
感心したような彼女の声に、奇妙な違和感が残った。もしかしてドラゴンなのに、ブレスが使えないのか? 最大の武器であり、またドラゴン種は炎系の魔法が得意だ。幼い所為かも知れないな。親が教えていないのか。
「リリアーナ、親はどうした」
「いないよ」
けろりと答える彼女に、悲壮感はなかった。当然とばかりに言い放たれた内容は、とんでもない現実だった。親が、いない? 少女はこの世界の魔王の使いとして訪れた。まさか……リリアーナの親は魔王に。
「殺されたのか」
「父は、魔王のとこ。母は知らない」
まだ子供と呼べる外見のリリアーナは、尋ねられた通り素直に答える。しかしドラゴンは本来愛情深く子を育てる種族だった。魔王の部下である父はともかく、母を知らないという表現は不自然だ。
考えられるのはリリアーナが卵の段階で死別した可能性だが、それならば父竜は片時も離れず育てるはずだった。放置して魔王の側にいるのはおかしい。とりあえず必要な情報は把握できたので、これ以上詮索しても仕方あるまい。本人に気に病んだ様子がないのは、救いだった。
人型であると小柄なのは、彼女の精神が幼いことと関係あるだろう。遠慮がちに袖をつかむ子供は、少し首をかしげて見上げてくる。親の愛情を確かめる子竜の仕草を思い出させた。
「わかった。オレが面倒を見るゆえ、付いてこい」
「うん!!」
喜ぶ姿に目を細める。やはりまだ子供ではないか。可愛いものだ。そう考えながら、手に馴染むリリアーナの金髪を撫でた。
「この世界の魔王とやらを滅ぼしに、……そこの者、出てまいれ」
振り返らず、わずかに顔だけを動かして左後ろを示す。塔の外に待たせた騎士達が逃げたのは気配で察していたが、これはまた別の存在だった。弱い魔力だが、水のような涼やかさを纏う。この気配には覚えがあった。
「オレは命じたぞ、ロゼマリア」
従わぬなら従わせると匂わせる。庭の茂みに隠れるようにしていたロゼマリアが飛び出し、芝生の上に伏せた。跪礼より深く、両膝をついて頭を下げる。両手を組んだ姿は神に祈りを捧げる姿に似ていた。
「何の真似だ」
跪けと命じていない。出てこいと言ったのだが、彼女は小さく震えながら答えた。
「我が国が行った召喚の……非礼を伏してお詫び申し上げます。どうか、どうか民だけはお救いください」
「姫様!」
叫んで飛び出した侍女が彼女の脇で同じようにひれ伏した。頭を地面に擦りつけるようにした彼女の手が、守るようにロゼマリアを庇う。
「民だけでよいのか?」
意地悪い質問だが、彼女の言葉通りならば「民以外は助けなくていい」と取れる。王侯貴族は含まれないと言外に告げるならば、その理由があるだろう。答えを待てば、ロゼマリアは緊張した面持ちで頭をあげた。
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