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第1章 強制召喚
8.賢者は触れず愚者が開く、無念の扉
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危険だと分かっている場所に、女性を盾に入る気はない。常時結界が展開しているオレの後ろにいれば、少なくとも即死は免れるはずだ。未婚の雌が身体に傷の残るような役目を、率先してこなす必要はなかった。
言葉がキツかったのか、リリアーナは尻尾がぱたりと止まっている。悪いと思うが、いつも言葉が足りないと言われ続けたオレに、フォローは無理だ。
塔の入り口に騎士を残し、リリアーナと2人で塔の内部に踏み込んだ。魔力感知で罠の位置を確かめながら、順番に解除していく。螺旋階段を上った先、部屋は一つしかなかった。降りるときは気づかなかったが、扉に魔法陣が刻まれている。
「……探求せし者よ、賢者は触れず愚者が開くであろう。この先の……」
読み上げる声が止まる。人が触れた場所の文字が擦れており、それ以上読めない。消えた文字の上を指先でなぞり、オレはゆっくりと大きく息を吐いた。続いたであろう言葉の予想はつく。賢者は触れず愚者が開く扉の先にあるものが、明るい未来であるはずはない。
この扉に魔法文字を刻んだ魔術師は知っていた。この世界の愚かな人間は、召喚された者が望む当然の権利を剥奪することを。戻る道がない一方通行の魔法陣を刻みながら、せめてもの贖罪にと残した扉の文字は……消えかけている。
これこそが答えだった。
この世界の良心のごとく――人間は金属製の扉の文字が消えるほど、この扉に触れた。それは、召喚魔法陣を使った回数と置き換えられる。数多くの者が拉致され、命を軽視した輩に酷使され、死んでいったのだろう。
無念の扉。最初の魔術師は己の作った技術が悪用されると知っていて、魔法陣を作ったのか。勇者の死を見て後悔したのか。何にしろ、この世界に同情する気持ちはない。
立ち止まったオレの後ろから覗いたリリアーナが、下に刻まれた文字に気づいた。塔の窓から差し込む光が、常に照らさない場所だ。前に人が立つと影になる場所だった。
暗闇をものともしないドラゴンの視力を持ち、小柄な体で数段下から見上げたから気づけた文字を、彼女は考えずに読んだ。
「片道、なれど、その先は……つ、づく? 世界は、つなが……り……えっと。あ、わかった! 真の救世主を、導かん!」
読み終えたことに満足げなリリアーナの声に、ふっと口元が緩んだ。なるほど、何らかの理由で抵抗できず魔法陣を刻んだ魔術師は、最後の抵抗として予言を残したのか。魔術師が己の命をかけて世界に刻む予言は、呪詛と同じだ。
真の救世主がオレを示すのか、別の誰かのことでも構わない。金属の扉を押せば、絡繰りの音がして扉は中へ開いた。この扉自体に呪詛が刻まれたなら、魔術で封印しない理由がわかる。騎士でも開けられるなどの理由をつけて、絡繰り細工を施した。呪詛の妨げにならぬように。
石造りの建物はひんやりと肌寒いことが多い。しかしこの塔はそれ以上に寒かった。冷たいと言ってもいいひやりとした冷気が滞留している。石床に刻まれた魔法陣は、血の臭いがした。最初に気づけなかったのが不思議なほど、濃厚な臭いは絡みつくような闇を纏う。
突然の強制召喚に、よほどオレも慌てたと見える。見落とした己がおかしくなって、口元が緩んだ。
「サタン様、いいものあった?」
「いいや、戻れないことが分かった」
城の魔術師が言った通り、この魔法陣は召喚の一方通行だ。力の方向を最初から固定して作られ、逆転させる余地がない。ましてや召喚先がランダムに変更されるため、うっかり逆転させたらどの世界に飛ばされるか判断できなかった。
ランダムに表示される世界の数は、およそ8000――退屈しのぎに渡るにしても数が多すぎる。途中で飽きて放り出すのが目に見えていた。飛んだ先で魔法が使えなければ、その世界で固定されてしまう。それも懸念材料だった。
「戻る、ないの? じゃあ、私と一緒、いる?」
少しずつ話す言葉が流暢になるリリアーナが飛びつく。金の髪を撫でると、猫のように縦の瞳孔をもつ金眼がふにゃんと蕩けた。オレがいた世界では、金瞳は特別な意味を持つ。
「リリアーナ。お前は――――」
言葉がキツかったのか、リリアーナは尻尾がぱたりと止まっている。悪いと思うが、いつも言葉が足りないと言われ続けたオレに、フォローは無理だ。
塔の入り口に騎士を残し、リリアーナと2人で塔の内部に踏み込んだ。魔力感知で罠の位置を確かめながら、順番に解除していく。螺旋階段を上った先、部屋は一つしかなかった。降りるときは気づかなかったが、扉に魔法陣が刻まれている。
「……探求せし者よ、賢者は触れず愚者が開くであろう。この先の……」
読み上げる声が止まる。人が触れた場所の文字が擦れており、それ以上読めない。消えた文字の上を指先でなぞり、オレはゆっくりと大きく息を吐いた。続いたであろう言葉の予想はつく。賢者は触れず愚者が開く扉の先にあるものが、明るい未来であるはずはない。
この扉に魔法文字を刻んだ魔術師は知っていた。この世界の愚かな人間は、召喚された者が望む当然の権利を剥奪することを。戻る道がない一方通行の魔法陣を刻みながら、せめてもの贖罪にと残した扉の文字は……消えかけている。
これこそが答えだった。
この世界の良心のごとく――人間は金属製の扉の文字が消えるほど、この扉に触れた。それは、召喚魔法陣を使った回数と置き換えられる。数多くの者が拉致され、命を軽視した輩に酷使され、死んでいったのだろう。
無念の扉。最初の魔術師は己の作った技術が悪用されると知っていて、魔法陣を作ったのか。勇者の死を見て後悔したのか。何にしろ、この世界に同情する気持ちはない。
立ち止まったオレの後ろから覗いたリリアーナが、下に刻まれた文字に気づいた。塔の窓から差し込む光が、常に照らさない場所だ。前に人が立つと影になる場所だった。
暗闇をものともしないドラゴンの視力を持ち、小柄な体で数段下から見上げたから気づけた文字を、彼女は考えずに読んだ。
「片道、なれど、その先は……つ、づく? 世界は、つなが……り……えっと。あ、わかった! 真の救世主を、導かん!」
読み終えたことに満足げなリリアーナの声に、ふっと口元が緩んだ。なるほど、何らかの理由で抵抗できず魔法陣を刻んだ魔術師は、最後の抵抗として予言を残したのか。魔術師が己の命をかけて世界に刻む予言は、呪詛と同じだ。
真の救世主がオレを示すのか、別の誰かのことでも構わない。金属の扉を押せば、絡繰りの音がして扉は中へ開いた。この扉自体に呪詛が刻まれたなら、魔術で封印しない理由がわかる。騎士でも開けられるなどの理由をつけて、絡繰り細工を施した。呪詛の妨げにならぬように。
石造りの建物はひんやりと肌寒いことが多い。しかしこの塔はそれ以上に寒かった。冷たいと言ってもいいひやりとした冷気が滞留している。石床に刻まれた魔法陣は、血の臭いがした。最初に気づけなかったのが不思議なほど、濃厚な臭いは絡みつくような闇を纏う。
突然の強制召喚に、よほどオレも慌てたと見える。見落とした己がおかしくなって、口元が緩んだ。
「サタン様、いいものあった?」
「いいや、戻れないことが分かった」
城の魔術師が言った通り、この魔法陣は召喚の一方通行だ。力の方向を最初から固定して作られ、逆転させる余地がない。ましてや召喚先がランダムに変更されるため、うっかり逆転させたらどの世界に飛ばされるか判断できなかった。
ランダムに表示される世界の数は、およそ8000――退屈しのぎに渡るにしても数が多すぎる。途中で飽きて放り出すのが目に見えていた。飛んだ先で魔法が使えなければ、その世界で固定されてしまう。それも懸念材料だった。
「戻る、ないの? じゃあ、私と一緒、いる?」
少しずつ話す言葉が流暢になるリリアーナが飛びつく。金の髪を撫でると、猫のように縦の瞳孔をもつ金眼がふにゃんと蕩けた。オレがいた世界では、金瞳は特別な意味を持つ。
「リリアーナ。お前は――――」
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