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第1章 強制召喚

6.剣を向ける輩に、逃走を許す愚鈍と思うたか★

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 ドラゴン種は貞淑で、貞操観念が古くしっかりした種族だ。未婚の雌の尻尾を持ち上げる行為は、彼女にとってはずかしめに等しい。気づかなかったとはいえ、申し訳ないことをした。ひんひんと訴えて鳴く姿に、罪悪感が募る。

「言葉が通じぬのは不便だ。人型はとれないか?」

 この世界ではわからぬが、オレが管理していた魔族はかなりの確率で人化できる。人型ならば言葉が通じるだろうと提案すれば、ドラゴンは今気づいたと言わんばかりの顔で瞬きした。するすると小型化していき、蹲った少女が現れる。

 褐色の肌に長い金髪、ドラゴンの時と同じ金の瞳は大きく、人目を引く愛らしい顔をしていた。服を着る習性がないため、平然としているが……このまま連れ歩くわけにはいかない。尻尾は残っているがほぼ人間と変わらない姿なのだ。



「人、なれる」

 片言で話す声色はまだ幼さを感じさせる。平然と無防備な裸体を晒す彼女に、指をパチンと鳴らした。収納空間が使えるか試し、黒いマントを取り出す。世界を跨いでも収納空間は有効なのか。ならば収納に放り込んだ武具や道具もほとんど取り出せるだろう。

 当初の懸念より悪くない条件に、気分が上向いた。

「羽織れ。人は鱗の代わりに衣服を纏うものだ」

 魔術師のローブに似た長い裾の黒衣を、不思議そうに摘まんで眺めるドラゴンはとりあえず羽織った。言われるままにした形だが、内側から首の部分を掴んだだけだ。これでは歩くたびにはだけて、やや膨らんだ胸やすらりとした足が見えてしまう。

 鱗の生えた尻尾をゆらりと揺らした彼女は、己の姿が異性にどう見られるか理解していない様子だった。人間が束で襲い掛かっても一蹴するだろうが、あられもない恰好の雌を連れ歩く趣味はない。外見同様、内面も幼いと考えた方がよさそうだった。

 溜め息をついて、マントを取り上げる。びくりと身を竦ませたドラゴンに髪を押さえているよう命じ、手早くマントを巻いて見た目を整えてやった。巻きスカートのように胸元を隠した形で、ずり落ちないようウエストを縛って肩に絡めて留める。シンプルな形だがドレス風に見えなくもない。



「よし、付いてまいれ」

 なんとか人前に出せる形になったドラゴンを従えて王宮へ向かい、途中で足を止めた。そういえば、このドラゴンの名を聞いていない。

「そなた、名は?」

「……リリアーナ」

 真っ赤に照れた顔で答える彼女の尻尾が、びたんびたんと音を立てて地面を抉る。怪力なのはドラゴン種の特徴だが、何を興奮しているのかわからず頷くに留めた。

「リリアーナ、と呼ぶ。オレはサタンだ」

 礼儀として名乗る。本来の世界では名乗らずとも魔王で通じたが、この世界には別に魔王が存在するらしいので混乱させるだろう。「サタン様」と呟く彼女に頷き、肩で風を切って歩き出した。振り返らずとも、大きな魔力の主が後ろについてくる。

 幼い外見と不釣り合いな魔力量は、さすがドラゴンだ。王宮の謁見の間に戻ると、騎士以外は姿を消していた。剣を抜いてこちらに突きつける彼らの手は震えている。怯える脆弱な種族をなぶる趣味はないが、他者に剣を向ける以上殺される覚悟はあるはずだ。

「おい、貴様ら。誰に剣を向けたか……わかっておるのか?」

 問答無用で薙ぎ払っても構わないが、後ろに幼子がいると思えば多少の自制はきく。このまま剣を下げればよし。逆らうならば仕置きが必要だった。上位者を見抜けぬほど実力差があるのは仕方ないが、愚かにも強者に歯向かうならば痛い目を見るのも勉強だ。

 にやりと笑って見せれば、肩を揺らして後ずさった。この世界の常識がわからぬ以上、己が知るルールで動くしかあるまい。数歩踏み出せば、彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

「……愚かも愚か。報復も考えず剣を向ける輩に、逃走を許す愚鈍ぐどんと思うたか」
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